火曜日, 8月 02, 2011

東光台まつり賑わった!

▲子供たちの売店コーナーでは“金魚すくい”も

▲地域交流する大東・下遠所地区の野菜市は毎年大好評

▲体協による焼きそばなど出店コーナーは全部売り切れました!

▲賑わう「まつり広場」

▲ステージの始まりは子供たちの出演

▲今年は東北民謡をメーンに、舞台の圧巻は寿会銭太鼓クラブの皆さん

▲団地の“AKB”には大喝采!

▲お産のために、この日“里帰り”したという娘さん夫婦の弾き語り出演もありました!

…最後まで雨を心配しながら、しかし、ついに雨は降らなかった今年のまつり。これも皆さんの念力か!出し物もバラエティーに富んで、沢山の人で賑わいました。とくに地区外からお越しくださった皆さんに心から感謝します。谢谢!

木曜日, 7月 28, 2011

舞台づくり

▲ヤグラを組んで…

▲ステージにはコンパネを張って…

▲更に屋根の骨格を組んで…

▲ビニールシートを張って行き…

▲看板かけて舞台の出来上がりです!
☆☆

まつり本番を2日後に控え、28日は舞台づくりでした★下から見るのは簡単ですが、高所での作業と猛暑とのたたかいは大変です★わずか一日の祭りだけで解体するのは惜しい、見事な舞台です★ 団地内の腕のある皆さんの、毎年献身的な手作り協力の結晶です。感謝!
さあ!舞台演芸は30日午後7時開始です。

月曜日, 7月 25, 2011

東光台まつり



▲24日の日曜、自治会役員や各町内の皆さんの手で、団地入り口付近に、恒例の幟旗や提灯が飾られ、まつり当日まで毎晩、全戸で提灯が点灯されています。

☆この団地は県内でも最も古い大きな団地で約500世帯あり、高齢化の問題も多々ありますが、子供からお年寄りまで、皆で団地を盛り上げる象徴として、「東光台まつり」があります。

☆今年で34回を数える、市内でも“長寿”の団地まつりで、もちろん団地の年間最大の行事です。

☆7月29日夜に「子供みこし」と各町内の七夕の集い、

☆7月30日は会館広場で刃物とぎ、野菜市、バザー、売店、ビアホール等々、夕方からは舞台演芸を楽しみます。今年は東北民謡をメーンに被災地へのエールもおくります。

☆準備も片づけも大変ですが、皆が「住みよい団地」を目指すために一致団結して汗をかき、楽しみます。


☆時間のある方は是非お寄りください。

土曜日, 7月 09, 2011

梅雨が明けたら猛暑でした!

▲「緑のカーテン」のまねごとで、ゴーヤの鉢をネットの下に置いていたら、2m余りに伸びたつるの間に、長さ15㎝ほどのが1本出来ました。
▲また次の花もあるから、どれだけ出来るかな…。Fちゃん宅のベランダのは如何ですか!
▲足元には「クチナシの白い花」が香りをいっぱいに漂わせています。

きのう知人に「あなたのブログは、まだ梅雨が明けませんか?」と言われて苦笑しました。もう七夕を過ぎましたね。それにしても明けた途端に猛暑!「節電、節電」をどう乗り切れますか。せめて我が小庭に涼しさを感じてもらえれば幸いですが…。皆さんのご健勝を祈ります

金曜日, 6月 17, 2011

梅雨が明けたら…

▲Fちゃんのアジサイ。花びらにフリルが刻まれた可愛い珍種です。


▲ホタルブクロは祭りの竿灯のようにも見えます。


▲これは「隅田の花火」。文字通りパッと花火を連想させます。

我が家の草花たちは梅雨の合間に競演中。梅雨が明けたら団地の夏祭り。今年も打ち合わせが始まりました。高齢化が進む団地でも、子供たちの通学の声は弾んでいます。夏祭りは老若みんなが一つの輪になる一大イベントです。準備には大汗かきますが、楽しみです!

火曜日, 6月 14, 2011

梅雨の晴れ間


雪の心配をしていたあの日以来、初めて津山に行った。

その後、順調な様子に安堵しながら、津山藩の庭園「衆楽園」を初めて散歩した。

江戸初期の大名庭園で「池泉回遊式庭園」の典型と言われる園内は、想像したより広く、睡蓮が一面に咲いていた。

津山と松江は出雲街道で結ばれ、幕末松江の殿様は津山から来た婿殿であった、なんてことを思い出しながら回遊気分に浸り、今日のご縁を嬉しく思った。

日曜日, 5月 29, 2011

百カ日忌

もうこんなに日が経つ。
「故人が新仏となって初めての法要」という百カ日忌を済ませた。
昨年よりうんと早く梅雨入りしたかと思ったら台風までやって来る。
小庭のアジサイは間に合わず、代わって薔薇がしっかり雨に打たれる。
でもこの後に夏が来る。
今夏には新たな1頁が加わる。
命が引き継がれることを感謝して、新たな気持ちで夏を待つ。

土曜日, 5月 21, 2011

小庭の初夏



▲我が家では「ナンジャモンジャ」が初めて花をつけました。まだ木が小さいので花の数はホンの僅かですが数年は待望していたものです。城山大手門跡付近の大木群はご存知の方もあるでしょう。


▲「ヤマボウシ」は大分大きくなりました。


▲足元を見ると、こんなスーッと細く伸びた植物が気になります。何という名前か?ご存知の方は教えてくださると喜びます。

月曜日, 5月 09, 2011

モッコウ薔薇満開!

3年前からアーチを試み、当時はまだ左側3分の1程度だったものが、今年はこのような満開のアーチ完成となりました。

土曜日, 5月 07, 2011

立夏~我が家の花々

「立夏」は「夏立つ」「夏来る」とも。暦の上では早や「夏」が来ました。ささやかな我が小庭では花々が一番さわやかな時です▲一輪だけのボタン(牡丹)です。


▲モッコウバラ。ちょっとアーチ仕立てで今度の日曜あたり見ごろです。時間があれば見においでください。

▲コデマリ(小手毬)も負けじと純白を競います。


▲モッコウバラとコデマリの“競艶”。


▲足元にはアマドコロ。鐘形の緑白色の花が可愛いですよ。


▲シャガも「忘れないで」と、あちこちで顔を出しています。

日曜日, 4月 24, 2011

小原流・花の輪花展

▲イングリッシュガーデンの花展にぴったりの作品。


▲会場中央の大きな作品。枯れたセイタカアワダチソウの茎を使ったそうです。


▲風に誘われて出かけたら、この花展に出会いました。あす25日まで。


▲会場風景。

▲ブロッコリーが使われていましたよ。


▲二つの花器で一つの作品。


▲かわいい紙粘土の人形たちが迎えてくれました。こどもの日も近いですね。

金曜日, 4月 15, 2011

盛开/満開

             ▲松江城の南櫓(2001年復元)を望む。


松江地方は12日が満開宣言だった▼今年の花は見事だと聞く▼直前まで寒くて一気に咲く条件が良かったようだ▼鶴山はどうだったやら▼長男たちと大雪の除雪で始まった元旦▼慶弔が重なった2月▼大震災で二女たちが一時避難して来た3月▼所期の法事を済ませて迎えた4月も早や半ば▼来週には長女たちが久しぶりに来松する▼長男たちは念願の旅をする▼皆元気なのが何よりだ▼それもこれも周囲のお蔭▼きっと天からも見守ってくれている▼我が家の内外に幾多の出来事を抱えながら春は始動した。

土曜日, 4月 09, 2011

災害派遣活動

             ▲被災地で道路の構築を行う 出雲駐屯地の隊員
            ▲瓦礫の撤去作業を行う 同隊員

岩手・陸前高田市出身の知人の話を聞いた翌日、友人のブログで自衛隊員の「災害派遣活動展」が松江テルサで開かれている(10日まで)ことを知って見学した▼その陸前高田でも、発生直後に島根から派遣された隊員たちが瓦礫の撤去や道路を拓く作業に当たっている様子が紹介されていた▼この大震災では、被災地の救援、復旧に加えて原発の重大な事態で、隊員たちには非常なる覚悟を必要とする出動であったと思う▼これまで自衛隊の災害出動を当たり前のようには思っても、隊員たちの覚悟の程を思いやったことはなかった▼彼らの姿に、日本人が忘れかけていた「心」と「絆」を感じたのは私だけでないだろう▼活動の一枚一枚に敬意を持って拝見した。

木曜日, 4月 07, 2011

再会・・・陸前高田

感觉时间过的很快(時が経つのを早く感じる)、不知不觉中已经四个星期了(いつの間にか、もう4週間が経った)▼しかし、被災地の人々には長く、苦しい時間であろう。大震災発生から間もなく1カ月になる▼きょう、岩手出身の知人(松江在住)に久しぶり会った。発生直後、実家のある陸前高田市が壊滅状態と聞くも、両親と連絡も取れず、行くことも出来ず苦悶していた知人である▼以下は、彼女が興奮を抑えるように話した一端である◆……やっと先週、主人と一緒に自分たちの食糧とガソリンを積んだ車で、新潟経由で被災地に入ることが出来ました。故郷を見渡せる場所に来たとき、自分は「あぁーっ!」と声をあげました。主人も「あぁーっ!」としか言いませんでした。何が何やら、もうメチャクチャでした▼低地だったとこは地盤沈下で湖になったまま。それでも自衛隊のお蔭で瓦礫をかき分けられた道路だけが頼りでした▼実家は港に近いけれど高さ約10mの高台にあったのですが、それすら家は押し流され、庭には6隻もの船が座していました▼食器も家財も全部流されてしまって何もありません▼幸い両親と家族は無事でした▼更に高台へと這うようにして非難したそうですが、町の保育園へ子供を迎えに引き返した人たちは大津波に呑まれてしまったそうです▼発生から2週間を過ぎて再会できましたが、父は知人を通じて隣町の宿舎へ、体調不良の母は同じく施設へと、それぞれ別居させるしかありませんでした▼この町に再び住めるようになるのはいつでしょう▼今、家族には何にも残されていません▼どうやって働けばよいでしょう。出稼ぎに出るしかないでしょう……◆彼女はここまで話した後に、「命があって良かった、とは言っても…」と話を止めた▼5月に再度、現地の手伝いに行くという。野菜が欲しいそうだ▼私はお見舞いを言うしかなかったが、「皆さんの善意に感謝しています。必ず現地の家族に渡します」と応えてくれて少しホッとした▼皆で頑張ろう!

木曜日, 3月 31, 2011

四十九日/七七日        尾原ダム

早や49日。母が極楽浄土に迎えられたことを確信させる穏やかな天気だった。墓参した後、母の生家がある地区を訪ねた。治水ダムの湖が出現していた。子供の頃、里帰りに連れられて歩いた川沿いの道や橋は湖底に眠るが、その思い出は消え去ることはない。正月の豪雪、老母のこと、長女の件、更には東京の二女たちのこと… … 我が家にとっても、さまざまな出来事が凝縮された年明けからの3カ月も終わり、また新年度が来る。大震災の被災者の救済と、被災地の復興を第一に願う。

日曜日, 3月 20, 2011

無事!

安否不明だった陸前高田市出身の知人の実家の家族は無事でした。
高さ10mの高台にあった実家が津波に流されたそうです。
死亡・不明が2万人を超える惨状の中で、まさに奇跡的です。

これに加えて原発の異常な不安。
我が家では、この連休を利用して娘夫婦が“疎開”して来ました。
しかし“沈静化”を信じて、週明けとともに再び上京しました。

無事であったことを喜び、これからも無事であって欲しいと祈りつつ、
犠牲となった人々、被災地のことを思うとやりきれません。
義援金のほかに我が家にできることは何か!
我が家で良ければ、一人二人なら疎開を受けます。

日曜日, 3月 13, 2011

東日本大震災

市内在住の岩手県陸前高田市出身の知人に昨日と一昨日、会いました。

引き続き実家との連絡は全く取れません。
行きたくても術がありません。
ニュース画面で状況を知るしかなく、
画面で垣間見る限り、町は跡形もない様子でした。
この地域は地震発生後、瞬時に大津波が押し寄せたとみられます。
とにかく ご無事であって欲しいと祈るばかりです。

被災された皆さんにお見舞いを申し上げますとともに、
亡くなられた皆さんにはお悔やみを申し上げます。

火曜日, 3月 08, 2011

怀抱

让人感到心灵宁静的故乡山野。
走在那里的大自然当中,心情就会舒畅起来。
好像我被母亲抱在怀中。
现在我向家乡表示衷心的感谢。

月曜日, 3月 07, 2011

故乡/ふるさと

追赶着 小白兔 在那山上    うさぎ 追いし かの山
垂钓着 小鲫鱼 在那河旁   小鮒(こぶな)釣りし かの川
这情景 常出现 在我梦里   夢は いまも めぐりて
我永远 忘不了 我的故乡   忘れ難き ふるさと 
☆……
故乡的风景很美丽。        故郷の風景は美しい。
就要到樱花开的季节了。     桜の季節も近い。
看到故乡的风景振作起精神来。  故郷の風景を見ると元気が出る。

日曜日, 3月 06, 2011

福寿草

早や三七日(みなぬか)の墓参の庭先で、嬉しそうに陽光に映えていた。
春を告げる花の代表で、その名は新春を祝う意味があると言い、野生は3月頃咲くという。
故郷の母が慈しんだ福寿草。いつもの年より、まぶしく見えた。

火曜日, 3月 01, 2011

早や三月

春が見えるね!
光阴似箭。已经三月了。