火曜日, 11月 11, 2008

黄叶

奥出雲のお寺に銀杏の大木がありました。
樹高33m、幹周り570cm、推定樹齢350年ということです。
紅葉も、黄葉も、美しい風景でした。

月曜日, 11月 10, 2008

红叶

▲グループの会で、中国山地の県境付近に向かいました。
駅より更に深く入った山峡の紅葉。あいにく小雨がちの曇天で、ついに陽が差すことはありませんでしたが、しっとりした風情がありました。

「车站」の詩を読んだので、「駅」を見たくなり、出雲横田駅に降りてみました。素戔鳴尊(すさのおのみこと)と奇稲田姫(くしなだひめ)の神話ロマンのふるさとの駅です。
この中国山地を縫う木次線。観光トロッコ列車が人気ですが、もうすぐラッセル車の出番が来ます。そうです、紅葉になれば、もう雪の季節も近いのです。

木曜日, 11月 06, 2008

四十二个瞳人

私の見た中国の一コマ・・・村の分校の子供たち。
それは、わずか一時間余りの出会いだった。
我々が村に入った初めての外国人だったという。いきなりでは彼らも驚いたに違いないが、ちょっぴり恥かしさの中に、好奇心を覗(のぞ)かせて、何も演出しない、ありのままにカメラを見てくれた表情がとても懐かしい。私は、この瞳たちの教室の一コマを「希望」と題して、ある写真展に出品した。
純朴な表情は、いつまでも見飽きることがない。
あれから2年になる。
大きくなったであろう子供たちの表情や如何に、と想う。

日曜日, 11月 02, 2008

朝阳

                        ▲在附近的河畔。
晚霞是很漂亮,早晨是很爽快,特别假日早上是很舒服。

土曜日, 11月 01, 2008

有晚霞的天空

久しぶりに休息した夕方、自宅付近を散歩しました。
もう11月とは思えない、穏やかで気持ちの良いひとときでした。
今年の暦もあと2枚。
出雲国は旧暦の神在月(かみありづき)を迎え、出雲大社の神迎(かみむかえ)祭=19日=や、佐太神社の神等去出(からさで)神事=25日=など、出雲地方の神社では全国の神々が集う祭りが営まれます。
世の中、政治も経済も凋落の一途、食の危険や殺伐とした事件など先行き不安なことばかり。
せめて神々には本気で安寧な世の招来を決めて欲しいものです。

火曜日, 10月 28, 2008

初秋联欢会

中秋节から月遅れで開いた“初秋联欢会”。
開会挨拶のIさん、乾杯発声のOさん、中国古詩朗読の二人のKさん、そして今回も面白く中国語の単語問題を出すKAさん、中締め挨拶のKOさん、各位が用汉语で楽しくプログラムを進めました。
みなさんがレパートリーを分担してくださるのが嬉しいですね。
そして参加者全員が、回答に一喜一憂したり、合唱したり…。
今後もプログラムをいろいろ分担、協力しあって、チームワーク良く続くことを願っています。
皆さんご協力ありがとう。谢谢大家的协助!

月曜日, 10月 27, 2008

马头琴和清酒

馬頭琴と清酒が、実に嬉しい出会いをしました………。
このほど中国語講座の「秋の親睦会」を開き、老师をはじめ17名の参加で盛会でした。
老师の発案で、中国・内蒙古自治区から島大に留学中の海阿虎君が参加し、得意の馬頭琴を演奏してくれました。
モンゴルで縁起の良い由来を持つ、この楽器は、独特の郷愁を感じさせる音色で有名な「万马奔腾」など4曲も披露して、皆を堪能させました。
続いて、中国語の受講生で老将のお二人が中国古诗朗读で、酒をこよなく愛した詩仙・李白の「月下独酌」と、そのアレンジ詩を披露して興を添えました。
なんと、その題名と詩文を、そっくりラベルにした銘酒が松江にあり、この席に用意しましたが、海君も「清酒」が大好きだということが分かって、モンゴル式の干杯も披露してくれたり、皆で味わい、盛り上がりました。
………馬頭琴と李白の詩と銘酒が、また一つ小さな国際交流の縁を取り持ちました。

月曜日, 10月 20, 2008

漢字で結ばれる国

松江で開催中の日中友好書画展で、中国の作家・文学者で有名な魯迅(ろじん)の漢詩(掛け軸)に接して来ました。
上海で運命的な出会いをした鹿島町(現松江市)出身の中国文学者・増田渉の帰国に際して詠んだもので、魯迅と増田の師弟愛を物語り、1978(昭和53)年には、日中平和友好条約のために来日した鄧小平副総理が、歓迎レセプションの席で引用したことでも有名になり「日中友好のシンボル」として高く評価されているという漢詩です。
☆★…以下、会場の説明文からの引用です。
[書下し]
扶桑は正に是れ秋光好く、
楓葉(ふうよう)は丹の如く 嫩寒(どんかん)に照るならん。
却(され)ど垂楊(すいよう)を折りて 帰客を送れば、
心は東棹(とうとう)に随(したが)って華年を憶(おも)う。
[訳]
日本は今まさに晩秋の最も良い時節で、
真紅の紅葉が、しのびよる寒さの中に照り映えていることだろう。
ところで今、帰国する君を送れば、
私の心も東のかた日本へ出航する船を追って、
若い頃の日本留学時代を懐かしむ気持ちでいっぱいだ。

水曜日, 10月 08, 2008

西藏 2題

       ▲西藏Ⅰ(マニ車を回す修行僧)

       ▲西藏Ⅱ(高原で微笑む農村の女性たち)
今年は西藏(チベット)が随分ニュースになりました。
4年前、高原で出会った人々の素顔の一コマを、市民文化祭の後期展(9~13日)に出品しました。機会があったら、ついでに見てください。

火曜日, 9月 30, 2008

散步

在沙丘 我见到了很有趣的人。
他穿木屐散散步。
沙上的风纹和木屐的脚印很有意思。

日曜日, 9月 28, 2008

砂丘の初秋

鳥取砂丘へ撮影行でした。
曇り空でしたが、ちょっと雲の様子が面白いと思い、撮りました。

火曜日, 9月 23, 2008

頑張って祥子さん!

     ▲好演したミュージカルのフィナーレ
     ▲挨拶する祥子さん(主催スタッフが手話通訳)
9月23日、出雲で開かれた「きらりフェスタ2008」で、「今の医学では手の施しようがない」という難病とたたかう西島祥子(しょうこ)さんと彼女の詩集が紹介された。
初めて出会ったのは今年1月、松江での初の詩集展だった。非情な激痛とともに電動車いすの生活を強いられている彼女が、自らの思いを託した詩の数々が人々の心を激しく動かした。
7月には、その詩が合唱曲になって自ら発表演奏会にも臨んだ。
今回は、病気や障害と向き合う人たち誰もが輝いた暮らしをしようと開催されたフェスタ会場で、祥子さんの詩が展示・朗読され、ステージの冒頭で客席から車椅子の彼女が挨拶。頑張る姿に感動と励ましの拍手がおくられた。
・・・朗読された詩の一つ 『今日の涙』
たくさん泣いた/今日の涙を/心のビンにためておこう/いつかビンがいっぱいになったら/それが強くなった証なんだ
・・・このあと劇団「ぼいす」によるミュージカル「美女と野獣」が、思いやりの心と愛し愛されることの大切さを訴える好演で、会場は感動の拍手が続いた。
・・・頑張って祥子さん!

月曜日, 9月 22, 2008

岛根县的云南秋天

 雲南の秋…
… 彼岸の入りに田舎へ墓参。近くの道端には波斯菊(コスモス)が咲き並び、見上げれば芒草(ススキ)越しの青い空に淡い雲が興を添える…家乡(ふるさと)の温もりを感じました。

日曜日, 9月 21, 2008

在西藏高原牦牛生存!

西藏高原では、いたるところで牦牛(maoniu)=ヤクという牛の放牧に出会う。
ヤクの乳から摂るバターを灯明に用いたり、塩と一緒に茶を溶かしたバター茶、またチーズ、さらに食肉用にも。毛皮はテントに、糞は燃料にと、全て、人々に重宝な動物だ。
野生の牦牛は西藏高原のみに棲息し、絶滅が危惧(きぐ)されていると言う。

金曜日, 9月 19, 2008

西藏高原

西藏自治区の首府・拉萨から古都・日客则へ車で向かう、海抜4000mを超える峠から喜马拉雅山脉を望む。
雨期でもあり遠山の峰々は雲に覆われ、最高峰の珠穆朗玛峰の姿を見ることはできなかったが、世界の屋根を眼前にする西藏高原は雄大そのものだった。
(☆近くまた中国に旅するという朋友の一路平安を祈って、思い出した一コマから)

日曜日, 9月 14, 2008

我家的中秋节

旧暦八月十五日。午後7時半頃、中空にかかる中秋の名月。
雲に隠れたり出たりでしたが、我が家流のお供えで静かに眺めました。


木曜日, 9月 04, 2008

続・登山/剣が峰到達!

         ▲ご来光を仰ぎ 「やった!」

▲ヘルメットのガイドさんを先頭に、山頂の噴火口(右手)を巡りながら、剣が峰(富士山測候所のあった正面の峰)を目指す。日の出までおよそ10分。最後に難所の急斜面(馬の背)が控えるだけに、遅れまいと急ぎ足になった。
ガイドさんは登山開始に当たって、こう注意していた。「必ず安全に登れるから安心して!但し、それには絶対に私より先に行かないこと」。

水曜日, 9月 03, 2008

続・登山/海抜3,000m

▲3,000m付近の岩場。登り始めてから約4時間。
足取りは相当重くなって来たが、若い人は元気だったね。オ~イ!

▲8月14日午後4時25分。表示板が元気をくれた。
しかし、この後、本8合目の山小屋までの標高差400mを、まだ2時間かけて登る…
☆★☆
下界も涼しさを感じるようになったので、再び元気を出して、登山の様子をもう少し紹介します。

金曜日, 8月 29, 2008

夏の思い出=富士の思い出=完

▲ 2008年8月15日午前6時33分。陽も昇り、山梨県の山中湖(三日月形に見える)や雲海の向こうに丹沢山系、東京方面を望む。
これで、およそ3時間滞在した山頂に別れを告げ、本8合目の山小屋へ下山を始めた。

▲最高峰の剣ヶ峰(3,776m)から、ご来光の名所・大日岳(3,750m)に向かって見下ろす山頂の噴火口(直径600m、深さ200m)。
雪渓も何ヵ所かあった。
山頂に着いてから、更に剣ヶ峰を中心に、この噴火口の周囲を巡ることを“お鉢めぐり”という。約3km=1時間半の行程を、ご来光までの前半、暗闇で歩けたのはガイドのお陰にほかならない。
▲2008年6月8日午後5時17分。東京帰りの飛行機から見た
雲に隠れる山頂付近。
今、拡大して見れば、斜面にジグザグのラインがはっきり分かる。
このライン(登山道)を2ヵ月後に登ろうとは、感無量!

木曜日, 8月 28, 2008

影富士

頂上の最高地点に富士山測候所の旧建物が残っている。その展望台に恐々(こわごわ)上がった時、二度目の感嘆の声を上げた。
ご来光を背に見下ろす山々に見事な影富士が映し出されていた。
短時間で陰って来たのでホントに幸運だった。いま頂上に立っている山の姿を、これほど雄大に眺められる初めての不思議な気分と、優美な姿に魅せられて、もう寒さも疲れも忘れていた。

水曜日, 8月 27, 2008

富士登山

▲感動のご来光には雲も神秘的に映えて(海抜3,776mに立って)

▲富士の稜線から望む夕焼け。遥か下界に街の灯りが見える(海抜3,250mを超えて)

▲赤茶けた溶岩と砂礫(れき)の登山道は、8合目の山小屋が見える辺りは、ごつごつした岩場が続く。高度が3,000mに近づくにつれ息が苦しくなり、まだか、まだかと疲労感も増すばかり。酸素ボンベを携帯しているが、呼吸を整えながら一歩一歩進む(海抜3,000mを超えて)
ある者は遅ればせながら還暦を超えた記念に、またある者は誕生月8月のこの上ない記念に、また家族の絆の一端に…結果は全て良い思い出となったが、その行程にはホント辛抱しながらよく頑張った。


水曜日, 8月 20, 2008

富士山頂ご来光

平成20年8月15日午前4時57分。
日本最高峰・剣が峰(標高3,776m)から望む。
3年ぶりに家族6人揃って、皆初めて富士山頂に登った。
もう感動以外に語る言葉はない。ルート概略だけ記す。

14日午前7時半、東京の娘夫婦と合流して新宿を出発。山梨県側の「吉田口・河口湖口ルート」の5合目(2,305m)までバス到着。
午後0時40分、頼もしい現地ガイドにリードされ、6合目(2,390m)、7合目(2,700m)、ついに標高3,000mの看板を超えても、まだまだ。 初日終点の本8合目(3,400m)の山小屋に着いたのは午後6時40分。6時間かかって登った。
カレーの夕食後、服を着たまま4時間仮眠(後で聞けば実は皆、眠れなかったという)。

15日午前1時、防寒装備でも寒い中を頂上めざし出発。
夏のシーズンに1日1万人が登るという。真っ暗闇の登山道にヘッドランプの灯りが行列する様は実に壮観だ。
約2時間半後、頂上の神社に到着。更に噴火口の周りを巡って、急坂を登り最高地点にたどり着く。出発から約4時間後、幸いにも、ご来光を拝むことができた。

そして5合目に帰りついたのは午前11時20分。前日から、まる一日歩き続けた下山の足取りは相当に重かった。

金曜日, 8月 08, 2008

日本の夏・八月

▲浦上天主堂(5年前、訪れた時の不肖のデッサン)
昭和20年(1945)8月9日午前11時02分、長崎にピカッと光線が走った。 東洋一の規模を誇る赤レンガ造りの、この天主堂も一瞬にして破壊された。
永井博士の決意が受け継がれ、昭和37年(1962)、旧と同様に左右二つの鐘楼(高さ29m)がそびえる浦上カトリック教会が再建された。
正面にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の胸像がある。
昭和58年(1983)広島、長崎を訪れた教皇は世界に諭(さと)した。
「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」
博士の子息・誠一(まこと)さんは言った。
「日本の夏・八月は六と九で十五だ。忘れない広島・長崎・終戦の貴重な体験を」

8日夜、北京五輪が開幕した。中国の悠久の文化を強調し、花火を駆使した壮大な開会式の演出に、かの国が自由と平和を希求するものであると信じてテレビに向かった。

火曜日, 8月 05, 2008

做作业/宿題をする

きのう思わぬことから中国語訳の宿題まで仰せつかりましたので、
ジャガイモ料理の<中訳版>を試みます。
誤訳で味がまずくなるといけませんから、
疑問点はどうぞ指摘ください!

『グラタン・ドーフィノワ』(この文字は汉语に訳せないので、ご了承を)
【做菜用的材料】
[大蒜 两片] 「土豆儿 1公斤」 「牛奶 250毫升]
[黄油 10克] [盐 , 胡椒]

1,削土豆皮 然后 切成片 (不要放在水里浸)。
2,往锅里装入 牛奶和土豆片。
3,把锅做在火上,直到土豆片变一点儿柔软, 5,6分种地煮。 
4,火关了,在锅里加上零星大蒜,撒盐和胡椒。
5,准备 别的盘子(直径24厘米), 往盘子上涂黄油。
6,把煮的土豆片 并排 在盘子里。
7,用烤箱烤(210度) 这个盘子,需要30到40分种。
 ·····以上,明白了吗!? ふ~っ!

月曜日, 8月 04, 2008

グラタン・ドーフィノワ


ベルギー出身の娘婿に教わったジャガイモ料理を紹介します。
簡単でおいしい。友達からいただいたジャガイモで作ったので格安!
英会話の先生に「英語でレシピを」と宿題にされたので、英語でレシピに挑戦です。
(家内)

Ingredients(材料)
[2 garlic clove] [potatoes 1kg] [milk 250cc]
[butter 10g] [salt and pepper]
1.Peel potatoes and slice (don’t put into water)
2.Put milk and sliced potatoes into a pot
3.Cook for 5―6minutes until little soften
4.Stop cooking,add the minced garlic and add
 salt and pepper
5.Rub butter over the base and side of a gratin dish(24cm)
6.Arrange the sliced potates in the dish
7.Bake in the over(210℃)for 30―40 minutes

火曜日, 7月 29, 2008

北京奥运会即将开幕/もうすぐ北京オリンピック!

我所注目的比赛。 你呢?
☆★
我最喜欢的比赛是棒球(野球)。
棒球的发祥地是美国,但是,在日本棒球是作为“国民的运动”特别受欢迎。 星野带领的日本队一定能拿金牌。
★☆
垒球(ソフトボール)也是日本队的强项,但是,还没拿过金牌。
☆★
在游泳比赛(水泳競技)获得奖牌也是大有希望的。 比如说,蛙泳(平泳ぎ)的北岛,男子混合泳接力队(メドレーリレー)等。
★☆
柔道是日本的传统绝技。 现在世界各国都很强,但是,日本选手拿几块奖牌还是有希望的。特别是女子48公斤级的谷亮子已经拿过两块金牌,两块银牌。
我也希望她如愿以偿,即“成为妈妈还拿金牌”(「ママでも金」)。
☆★
乒乓球(卓球)是中国的传统绝技。在中国有很多很强的选手。
福原爱在中国也很受欢迎。小爱,加油!
★☆ 
在田径赛(陸上競技)把希望都寄托在链球(ハンマー投げ)的室伏广治,马拉松(マラソン)的野口みずき身上。我希望みずき能在两次奥运会上(雅典=アテネ,北京)连续拿金牌。 加油!
☆★
另外,岛根县松江市出生的锦织圭(网球=テニス), 摔跤(レスリング),足球(サッカー),排球(バレーボール)等等,也是很被注目的。
★☆
无论怎么说,本地的中国是最强的,在全部的比赛中以获得奖牌为目标。
加油!中国。日本,更要加油!  还有,我希望睦邻友好。

早上好!

今天早晨,在我院子里开花的日本天剑(昼顔=ひるがお)。
上星期去做CT扫描,这星期五再次接受胃镜检查。
仅仅身体检查,所以不必担心。
那么,下次再见。

土曜日, 7月 19, 2008

今天也非常闷热!

7月19日、在松江市的英国式花园,把柳树编成的塑像情侣。
她: 老公,今天也闷热! ( あなた,今日も暑いわね!)
他: 真的,今天天气很热! (ほんと、やれんなぁ!)
他: 这把阳伞不能顶用啊! (この傘じゃ、間に合わんな!)
她: 但是,两个人一起的话,我很幸福啊! 
            (でも二人一緒なら、とっても幸せよ!)

在我家小院子里,莲花开花了。


おーい皆元気か!7月18日朝、我が家の夏が来たぞ!
この2,3日の猛暑に誘われるように、一気に蓮の花芽が伸びたと思ったら、三つも来て、まず一輪開花した。
「中国蓮」の「即非蓮」という名前だそうで、花の直径は12㌢ほどの小ぶりだが、去年は全くダメだったから、2年ぶりの開花で、格別楽しんでいるよ。
この日は、団地の夏祭りを迎える各戸の提灯(ちょうちん)点灯も始まった。いよいよ盛夏の候、皆の健康を心から祈る!
祝你们身体健康。别苦夏了。

月曜日, 7月 14, 2008

西藏探险家的家乡

能海寛が生まれ育った浄蓮寺。近くには、彼が別れに妻におくった“白木蓮”が大木となって残る▲

能海寛の像や遺品、資料など展示する土蔵の歴史民俗資料館▲
 ☆
西藏(チベット)探検家として知られる能海寛(のうみ・ゆたか)。結局は拉萨(ラサ)への入境を果たせぬまま、明治34年(1901年)34歳で行方を絶った。
彼の故郷(現・浜田市)金城町の波佐で13日、能海寛研究会の記念講演会があり、聴講した。
波佐文化協会の役員で活動を牽引する研究会事務局長の隅田(すみた)さんと初めてお会いしたが、二人で思わず「世の中、狭いですね」という話になった。
実は、私の中国語の先生が留学生の当時、この浄蓮寺に宿泊され、隅田さんが付近をよく案内されたという。島根にいながら、やっと能海の故郷のことを知った私。それより以前に当地を訪れていた中国出身の先生。また、その縁でこの度、私が地元の人と心安く知り合うことができて大変嬉しかった。
隅田さんは、100年以上も前に国際化を実践した能海を郷土の誇りとして「能海学」を研究され、熱心に資料館の展示を説明してくださった。
のどかな山村に、郷土の英雄を顕彰する人々の熱意を感じ、いささかきつい日帰りも心地よい帰路となった。

金曜日, 7月 11, 2008

晚霞中的红蜻蜓/夕焼け小焼けの赤とんぼ

中文学习には「多听」(聴)「多说」(話)「多写」(書)「多读」(読)それに「多看」(見)だったかな?
これらを「たくさん」続けることが大切と教わりつつ、「读」と「写」は辞典を片手に、また「看」は大好きな中国电影を字幕を頼りに見ながら、それなりに理解はできるが、「听」と「说」は何年たっても難しい。
「楽しく学习を」と思って,身近な中文老師のブログの翻訳も試みるが、これがまた苦戦の連続で、“原作”には追いつかない。でも内容は興味深いものが多い…というわけで、勝手ながらこれからも随時、挑戦してみたい。但し、誤訳をお詫びして、ご指摘いただければ幸い。

 【心香のブログから】
 『晚霞中的红蜻蜓』
これまでずっと夕焼けの中の あなたを忘れたことはない
遊びに行った草原の夕日は 胸の奥深く
いつも少し傷心の 夢の中に あなたはいない
ただ見えるのは小さな赤とんぼの 行ったり来たり

一匹の赤とんぼ そっと あなたの窓に飛んで来た
あなたには 見えているのか 分からない

私の泪が一滴(ひとしずく) そっと琴線に落ちる
私の歌が 誰に聞こえているのか 分からない
・・・・
夢の中の赤とんぼ あなたはどこへ飛んで行きたいの
夕焼け小焼けに願いをかける
あなた 私の胸に停まって  私の胸に停まって。
☆ ★
恋しい夕焼け小焼けの赤とんぼ、いつも一番美しい時刻に現れ、
私の視線を引き付ける、
その美しさに ますます心を動かされ、その美しさはいっそう多彩にいろどられ、夢は ますます美しく、心は いっそう幸せになる。

水曜日, 7月 09, 2008

「絶美」続編 

【心香のブログからⅡ】
きょうは貴重な余暇があったので「雲南天堂」の本を読み終えました。読み終えた後、ますます急いでリュックを担いで遠くへ行きたいと思いました。その一つが元陽です。
元陽は「元阳哈尼梯田」~元陽ハニ(族)棚田~で有名。ここは典型的な立体地形で形成され、“山有多高、水有多高” “一山分四季、隔里不同天”と言われる独特な辺境の風景です。
しかも、ここには七つの少数民族が暮らし、彼らは大きな山と共存し、海抜の高低に従って分散居住していますから、ここでは各民族の風情を体験することができます。
中でも、市(いち)へ出かける日は、鮮やかで美しい少数民族の服装が街中にうねるのを見ることができます。
だから、元陽は以前から写真家の天国であり、ほとんど全ての棚田と村落が被写体にできるのです。
元陽の棚田の朝夕は、朝焼けと夕日が棚田を照らし、多数の棚田の光りと影が雲間から射し込む光に反射して、人を酔いしれさせます。
天と地がみな輝き、まるで夢の世界にいるような、人をしてハッと悟りの境地を感じさせます。
・・・
友人が言うのには、もし棚田を撮るなら毎年11月から4月の間です。当地は水稲一期作のため、6月に田植え、7月は青々として、10月は黄金色。冬に入ってからは田んぼに水を浸し、畦(あぜ)の線条がはっきりと見え、湾曲した輪郭も秩序立って、撮影には絶好の時機です。
また年末年始には、絶景の棚田の美景を撮るだけでなく、名物の「长龙宴」(長龍宴)を食べることもできますよ!

(以上、読んでるだけでも感動…)

火曜日, 7月 08, 2008

蝶恋花・・・

                      ▲岛根县云南市的春天

【心香のブログから】 密友婚礼有感(親友の結婚に寄せて)
花は蝶に恋し、蝶は花に恋する、
永久(とわ)に変わらぬ 愛のささやき、
滔滔(とうとう)と尽きない 人生行路を共に渡る。
親愛なるあなた ゆっくり飛んで
棘のあるバラに 気をつけて
親愛なるあなた しっかり口を開き
風に舞う花の香りに 酔いしれて
親愛なるあなたと 私は飛ぶ
林を抜けて 小川のせせらぎを見に行く
親愛なるダンスをしましょう
愛しい春の日は暮れないでしょう
私とあなたは離れることなく 軽やかに舞い
この世を飛び越え いつまでも寄り添う
一生あなたを追いかける
あなたへの愛に悔いはない
裏切ることのない 私の愛と あなたの美しさ
私とあなたは離れることなく 軽やかに舞い
この世を飛び越え いつまでも寄り添う
秋風が吹く頃になって 落ち葉が山となっても
あなたと一緒なら 萎(しお)れ果てても悔いはない

日曜日, 7月 06, 2008

燕子

好久不见了! 光阴似箭。今年已经过了一半儿了。
夏~っ!自宅の窓から蒸し暑~い空模様を見上げたら、電線にツバメの家族が数羽。
春の使者といわれるツバメも、青天井の下でヒナ鳥の飛行訓練を始めた様子で、餌はまだ親の世話。
おぼつかない“足取り”ながら、しっかり目を開き、顔より大きな口を開けて、“空中給餌”を受ける瞬間だった。

月曜日, 6月 30, 2008

茅の輪

6月30日は近所の神社の輪越(わごし)祭。茅の輪をくぐると、心身のけがれを払い除けられ、病魔に負けない力がもらえるという。いろいろ災いが多すぎるこの頃。仕事の帰りにお参りして来ました。
昨日、心香のブログに熱いメッセージが載りました。勝手ながら以下に日訳を転載します。

  【心香さんのブログから】
きょう(29日)松江の彩雲堂で、成功裏に第2回の四川大地震チャリティーコンサートが開かれました。
天気は悪く、朝からずっと、それも大雨が降る。こんな天気では、人が来てくれないのではないか?私たちは大変心配でした。
でも午後になると、予想外なことに、まだ公演時間にならないのに、会場にはもういっぱいの人が座っていました。2回目の公演の時には、あろうことか来賓の方でも立って鑑賞してもらわなければならない事態にまでなったのです。
これには出演スタッフ全員がとても感動させられました。
このチャリティー公演は、出演者のほかに、大変多くのボランティアの方々の各方面からの支援をいただきました。
特に、きょう私たちのために会場を提供してくださったのは、彩雲堂さんという、この地で有名な銘菓の製造販売のお店でした。
しかも彩雲堂さんは無償で会場を提供してくださっただけでなく、チャリティー公演の運営にも大きな努力を払ってくださり、さらにお店の職員さんも、この活動に積極的に協力いただきました。
本当に心から彩雲堂さんに感謝し、職員の皆さんに感謝します。

四川大地震発生以来、日本の友人たちに多くのご支援をいただきました。
日本の皆さんの行為に私たちは深く感動し、全ての善良な皆さんに心から感謝し、被災地の人々を気遣ってくださった全ての方々に感謝します。
皆さんからの思いやりによって、この世界は更に調和のとれた世界に変わることができると確信します。
皆さんのご厚情に報い、皆さんのために尽くし、皆さんから与えられた優しい心を、同じように皆さんに恩返しできるよう、感謝と恩義の心を大切にしたいと思います。
感動があり、感謝を知り、恩義を感じることができるからこそ、周囲の一切がすばらしく、自分と人との皆が幸福であることを感じています。

以上がブログの全文です。後半は特に恩返しを大切にしたいという気持ちが綴られていました。
彩雲堂さんにも是非この気持ちが伝わると良いですね!

金曜日, 6月 20, 2008

笹百合(ササユリ)

我的家乡是岛根县的云南市,在那里我拍照这枝花儿(08·6·14)
日语叫“笹百合”。用汉语怎么说呢? 在中国有没有?
葉が笹(ササ)に似ていることから笹百合と呼ばれ、別名は小百合。
もう、そんな名前を聞くだけで惚れてしまうが、山中にハッと振り向かせる、可憐で、かぐわしい姿に出会うと、なんとも愛おしくなる。
「あなたが来るのが待ち遠しかった」と言っているようだ(!?)
でも彼女たちは、こっちの休日に合わせてはくれないので、行っても会えないことが多いし、以前は盗掘らしいことも多々あって、がっかりさせることが多かった。
この日、この夏初めて出会うことができた。
今は在郷の友人が世話をしてくれて、あるがままに広く自生しようとしている様子が嬉しかった。

木曜日, 6月 19, 2008

妈妈,不哭/お母さん、泣かないで

▲チャリティーコンサートでは、このようなハープを個人で持っているのは山陰では唯一という音楽家の美しい音色を眼前で聴くこともできた。スクリーンには少数民族の親子の姿も映し出された(08・6・15)
12日の「心香」さんのブログで「これは訳したい」と思った詩が紹介された。コンサートの日、朗読された詩でもあった。そのブログを日訳転載させていただく…。
『涙を飲んで、私たちの暮らしを続けよう』
2008年5月12日午後2時28分、この場を突如として襲った災難に、私たちは、大切にすることを学ぶ多くのことを教えられた――お互いに助け合うことで、生命(いのち)は更に貴いものになり、崩れない信念のもとで、心の窮地に向かうことができる――どんな困難にも負けないで、私たちの暮らしを続けよう! 私たちの素晴らしい未来を再建しよう!
しっかり生きる、それが亡くなった人々への一番の慰めになるのだ!
『お母さん、泣かないで!』
わが子よ、早く!母さんの手に、つかまって。
天国への道はとても暗い。母さんはおまえが心配だ。頭がぶつかる。早く!母さんの手に、しっかりつかまって。母さんはおまえと一緒に行くよ。
母さん、怖い!天国の道は真っ暗。ボクは母さんの手が見えない。倒れた壁が光を奪い、二度と母さんの愛しい瞳を見ることができない。
わが子よ、行きなさい!前の道を、二度と心配ないよう。どうか母さんと父さんの顔を忘れないで。来世は、また一緒に歩こうね。
母さん、心配しないで。天国の道は少し込み合って、たくさんの友達がいるよ。母さん、もう泣かないで。涙はボクの行く道を照らさない。ボクたちは自分でゆっくり行くよ。
母さん、ボクは母さんと父さんの顔を忘れない。
私たちの約束を忘れない―来世で一緒に歩くことを。
 

月曜日, 6月 16, 2008

赈灾义演/被災者救援チャリティー

四川大地震で被災した子供達を支援しようと、島根と海外の交流活動を主催する会「こんにち輪」と松江中国語教室連盟の主催で、チャリティーコンサート(赈灾义演)が15日午後、城東公民館で開かれた。
中国出身の皆さん達の合唱、犠牲者への黙祷に続いて、国際交流員で来松中の女性が大地震の概況を報告。この中で彼女は、震源地の「汶川」の文字を合わせると「済」の字になるとして、各国からの救済への支援を感謝すると同時に、岩手・宮城で起きた地震被災をも気遣い、どちらにも一日も早い復興救援を願った。私は改めて両国が漢字を共通する国であることや、漢字の意味に託す想いに親近感を感じた。
この後、ソプラノ(女高音)、ヴァイオリン(小堤琴)、ピアノ(鋼琴)、ハープ(竪琴)、フルート(長笛)の6人の音楽家の皆さんが熱演を続け、参加した多くの人たちに交流と支援の「輪」と「和」を広げた。入場料は全額義援金として汶川大地震孤児救助専用基金に贈られる。