日曜日, 5月 29, 2011

百カ日忌

もうこんなに日が経つ。
「故人が新仏となって初めての法要」という百カ日忌を済ませた。
昨年よりうんと早く梅雨入りしたかと思ったら台風までやって来る。
小庭のアジサイは間に合わず、代わって薔薇がしっかり雨に打たれる。
でもこの後に夏が来る。
今夏には新たな1頁が加わる。
命が引き継がれることを感謝して、新たな気持ちで夏を待つ。

土曜日, 5月 21, 2011

小庭の初夏



▲我が家では「ナンジャモンジャ」が初めて花をつけました。まだ木が小さいので花の数はホンの僅かですが数年は待望していたものです。城山大手門跡付近の大木群はご存知の方もあるでしょう。


▲「ヤマボウシ」は大分大きくなりました。


▲足元を見ると、こんなスーッと細く伸びた植物が気になります。何という名前か?ご存知の方は教えてくださると喜びます。

月曜日, 5月 09, 2011

モッコウ薔薇満開!

3年前からアーチを試み、当時はまだ左側3分の1程度だったものが、今年はこのような満開のアーチ完成となりました。

土曜日, 5月 07, 2011

立夏~我が家の花々

「立夏」は「夏立つ」「夏来る」とも。暦の上では早や「夏」が来ました。ささやかな我が小庭では花々が一番さわやかな時です▲一輪だけのボタン(牡丹)です。


▲モッコウバラ。ちょっとアーチ仕立てで今度の日曜あたり見ごろです。時間があれば見においでください。

▲コデマリ(小手毬)も負けじと純白を競います。


▲モッコウバラとコデマリの“競艶”。


▲足元にはアマドコロ。鐘形の緑白色の花が可愛いですよ。


▲シャガも「忘れないで」と、あちこちで顔を出しています。

日曜日, 4月 24, 2011

小原流・花の輪花展

▲イングリッシュガーデンの花展にぴったりの作品。


▲会場中央の大きな作品。枯れたセイタカアワダチソウの茎を使ったそうです。


▲風に誘われて出かけたら、この花展に出会いました。あす25日まで。


▲会場風景。

▲ブロッコリーが使われていましたよ。


▲二つの花器で一つの作品。


▲かわいい紙粘土の人形たちが迎えてくれました。こどもの日も近いですね。

金曜日, 4月 15, 2011

盛开/満開

             ▲松江城の南櫓(2001年復元)を望む。


松江地方は12日が満開宣言だった▼今年の花は見事だと聞く▼直前まで寒くて一気に咲く条件が良かったようだ▼鶴山はどうだったやら▼長男たちと大雪の除雪で始まった元旦▼慶弔が重なった2月▼大震災で二女たちが一時避難して来た3月▼所期の法事を済ませて迎えた4月も早や半ば▼来週には長女たちが久しぶりに来松する▼長男たちは念願の旅をする▼皆元気なのが何よりだ▼それもこれも周囲のお蔭▼きっと天からも見守ってくれている▼我が家の内外に幾多の出来事を抱えながら春は始動した。

土曜日, 4月 09, 2011

災害派遣活動

             ▲被災地で道路の構築を行う 出雲駐屯地の隊員
            ▲瓦礫の撤去作業を行う 同隊員

岩手・陸前高田市出身の知人の話を聞いた翌日、友人のブログで自衛隊員の「災害派遣活動展」が松江テルサで開かれている(10日まで)ことを知って見学した▼その陸前高田でも、発生直後に島根から派遣された隊員たちが瓦礫の撤去や道路を拓く作業に当たっている様子が紹介されていた▼この大震災では、被災地の救援、復旧に加えて原発の重大な事態で、隊員たちには非常なる覚悟を必要とする出動であったと思う▼これまで自衛隊の災害出動を当たり前のようには思っても、隊員たちの覚悟の程を思いやったことはなかった▼彼らの姿に、日本人が忘れかけていた「心」と「絆」を感じたのは私だけでないだろう▼活動の一枚一枚に敬意を持って拝見した。

木曜日, 4月 07, 2011

再会・・・陸前高田

感觉时间过的很快(時が経つのを早く感じる)、不知不觉中已经四个星期了(いつの間にか、もう4週間が経った)▼しかし、被災地の人々には長く、苦しい時間であろう。大震災発生から間もなく1カ月になる▼きょう、岩手出身の知人(松江在住)に久しぶり会った。発生直後、実家のある陸前高田市が壊滅状態と聞くも、両親と連絡も取れず、行くことも出来ず苦悶していた知人である▼以下は、彼女が興奮を抑えるように話した一端である◆……やっと先週、主人と一緒に自分たちの食糧とガソリンを積んだ車で、新潟経由で被災地に入ることが出来ました。故郷を見渡せる場所に来たとき、自分は「あぁーっ!」と声をあげました。主人も「あぁーっ!」としか言いませんでした。何が何やら、もうメチャクチャでした▼低地だったとこは地盤沈下で湖になったまま。それでも自衛隊のお蔭で瓦礫をかき分けられた道路だけが頼りでした▼実家は港に近いけれど高さ約10mの高台にあったのですが、それすら家は押し流され、庭には6隻もの船が座していました▼食器も家財も全部流されてしまって何もありません▼幸い両親と家族は無事でした▼更に高台へと這うようにして非難したそうですが、町の保育園へ子供を迎えに引き返した人たちは大津波に呑まれてしまったそうです▼発生から2週間を過ぎて再会できましたが、父は知人を通じて隣町の宿舎へ、体調不良の母は同じく施設へと、それぞれ別居させるしかありませんでした▼この町に再び住めるようになるのはいつでしょう▼今、家族には何にも残されていません▼どうやって働けばよいでしょう。出稼ぎに出るしかないでしょう……◆彼女はここまで話した後に、「命があって良かった、とは言っても…」と話を止めた▼5月に再度、現地の手伝いに行くという。野菜が欲しいそうだ▼私はお見舞いを言うしかなかったが、「皆さんの善意に感謝しています。必ず現地の家族に渡します」と応えてくれて少しホッとした▼皆で頑張ろう!

木曜日, 3月 31, 2011

四十九日/七七日        尾原ダム

早や49日。母が極楽浄土に迎えられたことを確信させる穏やかな天気だった。墓参した後、母の生家がある地区を訪ねた。治水ダムの湖が出現していた。子供の頃、里帰りに連れられて歩いた川沿いの道や橋は湖底に眠るが、その思い出は消え去ることはない。正月の豪雪、老母のこと、長女の件、更には東京の二女たちのこと… … 我が家にとっても、さまざまな出来事が凝縮された年明けからの3カ月も終わり、また新年度が来る。大震災の被災者の救済と、被災地の復興を第一に願う。

日曜日, 3月 20, 2011

無事!

安否不明だった陸前高田市出身の知人の実家の家族は無事でした。
高さ10mの高台にあった実家が津波に流されたそうです。
死亡・不明が2万人を超える惨状の中で、まさに奇跡的です。

これに加えて原発の異常な不安。
我が家では、この連休を利用して娘夫婦が“疎開”して来ました。
しかし“沈静化”を信じて、週明けとともに再び上京しました。

無事であったことを喜び、これからも無事であって欲しいと祈りつつ、
犠牲となった人々、被災地のことを思うとやりきれません。
義援金のほかに我が家にできることは何か!
我が家で良ければ、一人二人なら疎開を受けます。

日曜日, 3月 13, 2011

東日本大震災

市内在住の岩手県陸前高田市出身の知人に昨日と一昨日、会いました。

引き続き実家との連絡は全く取れません。
行きたくても術がありません。
ニュース画面で状況を知るしかなく、
画面で垣間見る限り、町は跡形もない様子でした。
この地域は地震発生後、瞬時に大津波が押し寄せたとみられます。
とにかく ご無事であって欲しいと祈るばかりです。

被災された皆さんにお見舞いを申し上げますとともに、
亡くなられた皆さんにはお悔やみを申し上げます。

火曜日, 3月 08, 2011

怀抱

让人感到心灵宁静的故乡山野。
走在那里的大自然当中,心情就会舒畅起来。
好像我被母亲抱在怀中。
现在我向家乡表示衷心的感谢。

月曜日, 3月 07, 2011

故乡/ふるさと

追赶着 小白兔 在那山上    うさぎ 追いし かの山
垂钓着 小鲫鱼 在那河旁   小鮒(こぶな)釣りし かの川
这情景 常出现 在我梦里   夢は いまも めぐりて
我永远 忘不了 我的故乡   忘れ難き ふるさと 
☆……
故乡的风景很美丽。        故郷の風景は美しい。
就要到樱花开的季节了。     桜の季節も近い。
看到故乡的风景振作起精神来。  故郷の風景を見ると元気が出る。

日曜日, 3月 06, 2011

福寿草

早や三七日(みなぬか)の墓参の庭先で、嬉しそうに陽光に映えていた。
春を告げる花の代表で、その名は新春を祝う意味があると言い、野生は3月頃咲くという。
故郷の母が慈しんだ福寿草。いつもの年より、まぶしく見えた。

火曜日, 3月 01, 2011

早や三月

春が見えるね!
光阴似箭。已经三月了。

火曜日, 2月 22, 2011

あれから十日が過ぎて、二人が初めて墓参に帰った日、白梅が咲いていることに気が付きました。
悲しみと喜びを一度に慌ただしく過ごすうちに、二人の幸せを見守る周囲の温かさとともに、季節の春もそこまで来ていました。

木曜日, 2月 17, 2011

婚礼

前日までの雪の心配をよそに素晴らしい天気になり、二人の門出を皆さんに祝福された日だった。
この2日前、故郷では花嫁の祖母が天に召され、花嫁は「おばあちゃんに会いに帰りたい」と絶句したが、もう移動にかける余裕はない。「今はあなたがしっかり挙式することを、おばあちゃんも望んでいるはずよ」という母の声に帰省を思いとどまり、新郎や親族の善意と、友人たちの励ましに包まれて晴れ姿を迎えた。
その翌日、おばあちゃんを送ることになった。俗に「冠婚葬祭」」と言うが、いざ「婚」と「葬」を同時に行うことになって、一層その重さを感じるとともに、同時であったが故に、家族にとっては決して忘れることのできない日となった。
祖母は新しい世代に「自分のことも忘れないでね」とバトンタッチしたかったのかも知れない。
長寿だったおばあちゃんにあやかって、二人が長く幸せに歩んで欲しいと願う。

水曜日, 2月 09, 2011

春天,希望的季节/希望の春

故郷にはまだ残雪は多い。週末にはまた雪の予報。
しかし春は確実に見えている。
門出の春を迎えた二人に、幸多かれと心から祈る。

水曜日, 2月 02, 2011

春节好!恭贺新禧!

旧暦は中国語で农历(農歴)、 阴历(陰暦)と言い、今夜は除夕(大晦日の夜)、3日が旧正月の元旦。
つまり中国では最も賑わう春节(春節)です。
「春節」として知っている(というか聞いている)ことは、
北方では饺子(餃子)、南方では年糕(もち)を食べるとか、
家の入口に貼る赤い春联(日本の門松、しめ縄のような風習)、
「福」の字を逆さに張る倒福(到福)、爆竹を鳴らすなどの習慣。
春节前後は長期休暇に入り、
都市部から地方へ帰省する春运(春運)は、日本でいう帰省ラッシュですが、その規模と大混雑ぶりは日本のニュースでもおなじみですね。
中国中央电视台(CCTV)春节联欢晚会といって、
NHKの紅白歌合戦のような年越し番組も人気があるそうです。
またパソコンを見て、日本各地でも春節の賑わいが多いことを知りました。
中国人客向けに「春節商戦」、テレビ塔を「赤い色」にライトアップ、
母国に帰省できない留学生たちの為に「春節パーティー」とか、
特に今年25年目という神戸の「春節祭」は、無形民俗文化財に指定されているということで、以前正月に訪れた中華街を思い出しました(写真)。
农历ですから日本のカレンダー上では、今年は2月3日、来年は1月23日というふうに毎年変わりますが、今年は日本の節分から立春につながるので、これを機にホントに春になって欲しいと願っています。
日本で過ごす中国人の皆さんに改めて「春节好!恭贺新禧!」

木曜日, 1月 27, 2011

あおぞら~!

まだまだ残雪の多い団地を出て国道を走ると、久しぶりに青空!
ホッとして見上げると前方上空に何やら「点」のように見える。

下まで行って見ると、地上にいた同僚職員の話で、高圧線の点検作業と分かった。電線を少しずつ伝いながら自分の目で確認して行くという。
高さ約40m!高所恐怖症の私には到底考えられない仕事だ。「大変な仕事だな」と地上の職員に言うと「そう言ってもらえるだけで嬉しい」という返事。とても声は届かないが、エールのつもりで手を振ったら、上空からも応えた様子。
瞬間だったが、拡大して見ると、こっちに手を振ってくれている。聞けば下は20歳、上は40代という。命がけの作業だからこそ、この快活さが大切か、と感心させられた。
久しぶりの青空は気持ちを清々しくした。

水曜日, 1月 26, 2011

春暖花开(…去年的照片)

きょうも一時、吹雪だった。
夕べは路面凍結にヒヤヒヤしながら帰宅した。今夜も凍みている。
花吹雪が恋しい!!
☆☆
今天有时刮风雪。昨晚,我在回家的路上,路面冻结了,开车时一直捏着一把汗。今晚也路面结冰了。
我怀念飞雪似的落花时候。

木曜日, 1月 20, 2011

玉作湯神社(たまつくりゆ・じんじゃ)

近年、パワースポットとかスピリチュアルスポットと呼ばれて人気の高い神社の一つです。玉造温泉街の上(かみ)にあり、境内の「願い石」に触って祈ると願いが叶う…というので、初詣でにも若い人たちの姿がありました。どうぞ幸せに暮らせますよう。

水曜日, 1月 12, 2011

正月の新聞を見て

▲建国60年の国慶節で賑わう天安門広場に掲げられていた孫文の肖像
                                    (09年10月)
元日の新聞に~日中「新時代」を模索~の特集記事があった。
清朝が崩壊した辛亥革命から今年100年になる。指導者・孫文は、延べ10年間日本で過ごし、維新の日本に続けと、数多くの日本人とも交流した。その日本人の一人で孫文に多額の支援をした実業家のひ孫が上海万博で、曾祖父と孫文との交流展を開き、今度は革命の映画制作を進める。
彼女は言う…日中には戦争の時代だけでなく、深い友情もあった。若者にこそ日中のいろいろな歴史を理解してほしい……でも今、両国の関係は厳しい。だからこそ民間交流の大切さを訴える。

金曜日, 1月 07, 2011

韓竈神社(からかま・かんかま/じんじゃ)

⑤▲大岩の裂け目を抜けると、お社が現れる。 祭神は素戔嗚命(スサノオノミコト)

④▲そこに大岩の裂け目があり、体を斜めに、へばりつくようにくぐり抜ける “最大の難所”だ…

③▲やがて大きな岩が立ちふさがり、先へ進めるか心配になるが…

②▲右手の鳥居をくぐると険しい石段の道を、慎重に一歩一歩…

①▲麓の駐車場から、雪とせせらぎに身を清められる思いで約800m歩く…
☆ ★ ☆ ★
出雲市(旧平田市)唐川町にある韓竈神社。「由来」記によれば、社名は朝鮮との繋がりを意味し、スサノオが大陸から鉄器文化などを伝え、この神社から奥部の北山山系が古くから産銅地帯と言われたことと深い関わりがあるという。
当市に在任中の34年前に一度参詣したことがあるが、当時は今の“パワースポット”人気を想像もしなかった。険しさを超えてこそスサノオに出会えるというのか!古代への好奇心をかきたてられる……雪の小康状態を待って初詣した。

火曜日, 1月 04, 2011

大注連縄(しめなわ)

美保神社の神門から拝殿を望む。
父神であるオオクニヌシノミコト(だいこく様)に、出雲の国を皇孫に奉献するよう進言した長男のコトシロヌシノミコト(えびす様)とその母神を祀る。
つまり「国譲り」神話に欠かせない神社で、青柴垣神事(4月)、諸手船神事(12月)は神話にちなむ代表的な祭り。

日曜日, 1月 02, 2011

豪雪の元旦

元日朝の自宅前。道路も車もみんな雪に埋まっていた。

物干し場の波板の屋根が心配で、我が家の元旦は雪降ろしで始まった。
近所ではガレージの屋根が押しつぶされ、市内では断線による停電世帯も多く、“着雪型”の怖さを思い知らされた。

続いて駐車場の雪かき。車までの通路の除雪にヘトヘトになったが、こんなお遊びで元気も入れ直し! あけましておめでとう!
☆☆
いやァ大変な年明けでした。町内の除雪も合わせて正月2日午前まで雪かきに追われ、今やっと今年最初の発信です。皆さんは如何でしたか。本年もよろしくお願いします。