日曜日, 11月 15, 2009

北京の52日 ⑯ 动物园 dong wu yuan

  ▲川金丝猴chuan jin si hou (きんしこう)…孫悟空のモデルとされるお猿さん。余裕のポーズを見せてくれたが、実は絶滅の危機にある。

  ▲大熊猫da xiong mao (ジャイアント・パンダ)…親子連れの入館者も多いから、パンダの習性を説明する文章も分かりやすい。中国語が分からなくても、なんとなく読めそうだね。

  ▲表示板の向こうで、悠々と竹を食べるパンダ。その動作は見ていて飽きることがない。
北京動物園は、民族大学東正門に近い地铁四号线「国家图书馆站(駅)」から一つ目の「动物园站」で下車。やはり有名なのは「大熊猫館」で、入園料とは別に入館料が要る。

木曜日, 11月 12, 2009

⑮ 南锣鼓巷 nan luo gu xiang

▲名前の由来……锣(ドラ)と鼓(太鼓)。時を知らせたのだろうか。

   ▲首都治安自愿者……治安ボランティア。
南锣鼓巷(横丁)は、元の大都(1267年)と同期に出来たという歴史ある胡同。
ドラと太鼓の脇には以下のように書いてあった。
“爬长城,逛故宫,生活在胡同/意犹未尽锣鼓巷/悠然自在胡同人”(長城に登り、故宮を歩き、胡同に暮らす/未だ思い尽きない锣鼓巷/ゆったり気楽な胡同人)。
その胡同の一角で、こんな袖标(腕章)を着けた婦人たちが居た。
特に何をしているふうでもないが、街頭のあちこちで見る腕章姿だった。

月曜日, 11月 09, 2009

北京の52日 ⑭ 胡同 hu tong

             ▲三輪自転車で巡る胡同ツアーが人気。

             ▲ノスタルジックなポスターに思わずシャッター!
鐘楼・鼓楼から銀錠橋、恭王府を経て、后海・前海に臨む胡同の名所を歩いた。
灰色の壁に紅い国旗が映える狭い路地には、小回りの利く観光の三輪自転車がひっきりなしに通る。
前海に沿った繁華街の店頭で、こんなポスターが目に飛び込んだ。
毛さんの肖像版画を使ったトランプのカードやポスターなどレトロなグッズが売り物になっていた。

日曜日, 11月 08, 2009

北京の52日 ⑬ 老北京 / 昔からの北京

 ▲地酒……“红星二锅头酒”㊨と18年ものの佳品㊧ともに56度。

          ▲故居……観光マップには「毛主席故居」とある。

北京で体験したい三つの楽しみは、万里の長城に登る、北京ダックを食べる、「紅星二鍋頭酒」を飲むこと……という記述を読んだことがある。
コーリャンが原料の北京の地酒で度数がかなり強い。北京人に愛される大衆の酒で上品な宴席には向かないそうだが、通の知人へ土産にしたら「うまい!」と言ってもらった。
昔からの風情と言えば“胡同fu tong”と呼ぶ街並み。
地铁·鼓楼大街站(駅)から歩く途中、“豆腐池胡同”という表示に引かれて路地に入ると、“杨昌济故居”があった。門の説明板に「楊は毛主席の老師、毛もかつて楊の家中に住んでいた」と書かれていた。

金曜日, 11月 06, 2009

北京の52日 ⑫ 秋游 / 遠足

                          ▲長城の花嫁
                      ▲司马台长城(9月27日)
秋游(秋の遠足)で、北京から北東へ120km離れた司馬台(si ma tai)の万里の長城に登った。
急峻と城壁風化のため、ここから先は立ち入り禁止。遥か都を望んだという望京楼(前方峰の向こう)には到達できなかったが、城壁の恐怖感と迫力は満点だった。
その絶壁に、新娘(花嫁)らしい美女の姿。結婚のアルバムに念を入れるのが流行で、それの撮影らしいと聞き、足の震えを我慢して一枚覗かせてもらった。まさに長城の“平和利用”。この国の変化を象徴しているように思えた。

水曜日, 11月 04, 2009

休息一会儿吧 / ちょっと休憩

                  ▲初冠雪の大山(11月3日)
北京同学们好吗!
我家东边有座山,叫“大山”,海拔1,709米。
离我家也不太远,坐汽车大概一个小时就到了。
11月2号,在这里下初雪,白雪覆盖了山顶。
3号,天气晴朗,以蓝天作为背景展露很美丽的雄姿。
北京也越来越冷吧。别感冒了。
祝你们健康,学习进步。
再见!

《後記》
日后的上课时,听老师说,
“11月1号,在北京下雪了,比往年提前了近一个月,是1987年以来首次”。
还有上星期,据北京同学的联系,
“在北京去年11,12月没有下雪了,但是,今年已经有两次也积雪达20厘米的日子”

後日、先生に聞いたところ「北京は11月1日に今季はじめての雪が降り、例年より一ヶ月近く早く、1987年以来22年ぶり」と。
また北京の級友は「去年の11、12月には雪は降らなかったのに、今年はもう2度も20cmの積雪があって驚いた」と知らせて来た。

火曜日, 11月 03, 2009

⑪ 标语 / 文明乗車,文明一歩,

▲中国語で自動車は「汽车」で、バスは「公共汽车」あるいは「巴士ba shi」と言う。市民の大変重要な足で、いつも満員だ。
去年の奥运会(オリンピック)に向けての話題になったマナーが順番待ち。どのバス停にも、「文明乗車 排隊礼譲」(順に並んで譲り合い、礼儀正しい乗車を)の看板があった。
▲これは男性用トイレでの表示。「前に小さな一歩が、文明の大きな一歩に」とでも読むのか、思わず感心してしまった。

月曜日, 11月 02, 2009

⑩ 标语 / スローガン

▲ 入学合格者にとって最高に嬉しい言葉。
  (望眼欲穿は熟語で「切実に待ち望む」)
   
▲写真では末尾が写ってないが、わが国の漢字で表記すると全文は
「刻苦訓練 頑強奮闘 為祖国六十華誕 献青春和力量」とある
(華誕は「誕生日」)

▲「参与国慶 団結奮進 奉献国慶 愛我中華」 
 (国慶は「建国記念日」)

▲祖国の栄誉の高さと、人民の願いの重さをうたっているようです。

▲留学生宿舎と隣接する付属高校の門に建つ碑文 
 「祝各族青年団結進歩、健康生長。 温家寶」
             (祝は「祈る」、寶は「宝」)
中国に行くと標語や歓迎の掲示が目立つ。
漢字を知る日本人には、これを読み取るのも楽しい勉強になる。
何と書いてあるか、あなたも“頭の体操”をしてみてください!

日曜日, 11月 01, 2009

北京の52日 ⑨ 紫竹院公园Ⅱ

       ▲早朝の代表的な光景といえば、やはり太極拳。
       ▲広い園内に“祝福祖国”の大合唱が轟いた。
“紫曦太极拳辅导站”という太極拳教室の皆さんが、主宰の陈老师(72岁)夫妻の指導の下で粛々と繰り広げ、私と同屋(ルームメート)の米国青年も常連参加していた。
更に大音響に誘われるまま場所を移動すると、吹奏楽隊を囲んで大勢の人垣が。手には「祝福祖国」の楽譜。それは建国60年の歩みを誇らしげに歌い上げる市民の大きな輪であった。

金曜日, 10月 30, 2009

北京の52日 ⑧ 紫竹院公园

   ▲散策~湖水を中心の自然公園に気持ちが安らぐ(9月5日)
     ▲象棋(中国将棋)~北京人の代表的な光景の一つ。
新学期が始まって最初の土曜日。
学校にほど近い、この公園を散策した。
47.35haという広い敷地の中心は、颐和园の昆明湖に水路で繋がる湖水が占める。
明清代の寺院“福荫紫竹院”の跡に1953年に造られ、新中国とともに歩んで来た公園らしく多くの市民が訪れ、散歩やジョギング、太極拳、社交ダンス、釣り、船遊びなど、実にさまざまな憩いの時を過ごしている。
境界線のある盤上に円形の駒を用いる将棋の対局も随所に見られ、しばしば対局者より周りの連中のほうに熱が入っている様子だった。

土曜日, 10月 24, 2009

北京の52日 ⑦ 早点/朝食

   ▲包子―― 肉や疏菜が入って一個6角(約8~9円)の表示。
▲鸡蛋灌饼――小麦粉の円盤上に卵を焼いたもの1.5元(約21円)

毎朝6時半起床、7時45分には教室に入った。
その間、朝食は主に宿舎前の小吃点(食堂)で、稗の粥(ヂョウ=おかゆ)と包子(パオズ),咸菜(シェンツァイ=漬け物)で2元(約28円)を定食にした。
時には露店の、鸡蛋灌饼(ジーダン グァンビン)や包子,練った小麦粉を棒状にして油で揚げた油条(ヨウティァオ)に豆浆(トウジャン=豆乳)などを買った。
㊦の写真は自転車のリヤカーに調理台を組んで移動するもの。露店は到処(いたる所)に並んでいる。衛生上の観念から買うのを遠慮する人もいるが、私は慣れた。正直、こんな価格は魅力だった。

金曜日, 10月 23, 2009

北京の52日 ⑥ 教师节/教師の日

  ▲校内の横幕――『敬愛する先生、楽しい教師の日を!』
  ▲花屋の店頭――登校中の学童で賑わう(9月12日)
宿舎前の店頭が朝から親子で賑やか。アレっと思いつつ登校し、横幕を見て気がついた。きょうは教師への尊敬を表す日だから、老师(先生)に贈る花束を買っていたのだ。
8月31日の授業開始の日を思い出す。
学級担任である老师の話が、私にはほとんど聴き取れない中で、はっきりメモできたのは「汉语是我们班的共同语言」(中国語は我々のクラスの共通語である)という言葉だった。
日本の講座でも老师が常に言う「教室に入ったら一切中国語で」という響きによく似ていたからだろう。
その日から月~金の毎日、午前4時間、3名の老师による「综合」「口语」「听力」の3科目が進められた。毎日、宿題も出た。
授業が終わる度に、どの老师も「話し方が速いか」と尋ねながらも緩める気配はなく、私には毎日“速射砲”を浴びている気分だったが、各自のペースに気を配る老师の熱意は十分に伝わって来た。

木曜日, 10月 22, 2009

北京の52日 ⑤ 欢迎您/ようこそ

             ▲各国語で歓迎
             ▲国际教育学院(8月26日)
 阴转晴。北京に来て4日目に初めて晴れ上がった。
この2階に我々の教室がある国際教育学院。13階建ての大楼(ビル)の2階までが办公室(事務室)や教学大楼(教室棟)、その上階は学生宿舎。
 ここで8月24日から留学生の手続き、27日に分班考试(クラス編成試験)が行われ,私は晴れて「秋季语言生・6班A」の一員となった。
 同学(クラスメート)は、美国(アメリカ),奥达利亚(オーストラリア),法国(フランス),土耳其(トルコ),蒙古(モンゴル),越南(ベトナム),泰国(タイ),韩国(韓国),日本の計9カ国14人。そのうち私のような“年長者”は2人。
 クラスは分かれたが日本人では私ら3人の“年長”が良き友だった。当初の分班名单(クラス名簿)によれば、語言留学生の全体は8班編成で約100人。随時受け入れなので今はそれ以上とみられる。
 2階のロビー壁面には12カ国語で歓迎の文字が書かれ、5行目に「ようこそ…」と。
  この学院は、民族大学の外国人留学生の募集、語学教育などの世話を担当し、办公室に私の知人の朋友が在職中。お陰で手続きがスムーズに行ったことは忘れない。

水曜日, 10月 21, 2009

北京の52日 ④ 新学期

  ▲生活用品の出店テント
  ▲次々並べられる自転車
この国は9月から新しい学年が始まる。
今年は8月31日が月曜だったから同日から新学期となった。
最初の週には学生の生活用品などを売る店がキャンパスを埋めた。
 手前の自行车には 「促销商品 精品轻便车 380」と貼り紙がある。つまり「おすすめ商品、逸品の軽便車、約5,300円」というところか。
ちなみに学生は全員、校内の宿舎で集団生活する。
校内には学生食堂やスーパー,クリーニング,銀行ATM,郵便局,書店などがあり、ほとんど校内で間に合う仕組みになっている。

北京の52日 ③ 民族の花

 ▲左は回族(hui zu),右は哈萨克(ha sa ke)カザフ族の学生
    ▲苗族(miao zu) ミャオ族の学生(9月12日)

中央民族大学は、さまざまな異文化の融和共存を目的としている。老师(教員)も各民族の出身者であり、1万5千人に及ぶ学生の約7割が少数民族だという。
いつも、こんな素敵な衣装で授業に出席しているわけではない。
この頃は、国慶節の天安門での表演(パレードや演技)に参加する3年生約2千人の训练(練習)が連日、体育场で行われており、この日は、正装で練習に参加する学生に出会うことが出来た。
彼らの表演のバックに流れる『爱我中华』という愛唱歌は、次のように歌われていた。
♪五十六个民族 五十六枝花,
  五十六族兄弟姐妹 是一家 ,
  五十六种语言 汇成一句话 ,
  爱我中华,爱我中华,爱我中华,爱我中华 ♪
(56の民族は56の花、56の兄弟姉妹は皆一家、
 56の言葉は一つとなって、我が中華を愛す…)

火曜日, 10月 20, 2009

北京の52日 ② 検温

 ▲検温―――校門では必ず“体温測定器”を通り抜ける(9月7日)
 ▲西門――― 向こう側。その奥に校园(キャンパス)が広がる。
この時期、私が一番に心配したことは「健康」のことでした。
知人に聞けば、この大学は以前から校門を入る際にチェックがあるが、今年は特に「厳重」だったようです。 保安(警備員)と护士(看護士)がセットになって、一人一人、安全検査と「体温」が表示される、この測定器を通り抜けるよう指示します。
それよりも、まず学生証がないと通れませんから、学生証を忘れた学生が先生に携帯連絡して、ここまで迎えに出てもらったというトラブルも見聞しました。幸い健康上に不測の事態は体験することなく、元気に帰国できましたので安心ください。
下の写真は、留学生公寓(宿舎)の前から見た西门附近。いつも朝から晩まで人の波とクラクションで、ごった返しています。この手前と左右の通りには商店,饭馆(食堂),摊子(露店)や学校関係者の宿舎などがひしめく、とても方便(便利)な場所でした。

日曜日, 10月 18, 2009

北京の52日 ① 新世代

▲新世代
しばらく失礼しました…。
建国60周年の記念すべき盛典を1ヵ月後に控えた8月30日。
私は9年ぶりに、ここに来ました。緊張した空気の中に微笑ましい光景。この国にも時はどんどん流れていることを感じました。
翌31日から新学期で、会話の学習が始まるのを前に訪れておきたい場所でした。
どんな北京の生活になるのか――日記の一部を紹介しましょう…。

月曜日, 8月 17, 2009

街角



久しぶりの東京。
「平成」の街角に「明治」が同居していました。
「帝都の玄関」は化粧直し中で、ほとんど姿を隠していました。
外国人の旅行客も沢山いました。
皆さんの夏は如何でしたか。
お陰さまで我が家は遠くの家族も皆元気でした。
残暑お見舞い申し上げます。
★☆
このところ発信のペースがすっかり落ちていたので、
お知らせしなくてもよいのですが、
所用のため、しばらくブログを休みます。
10月中旬には再会できると思います。
それまで皆さんごきげんよう!

日曜日, 8月 02, 2009

フシグロセンノウ



あれから、とうとう強い陽射しがないまま8月になりました。
このまま「冷夏」などとなってしまうのでしょうか。
季節の花はちゃんと生きていたようです。
毎夏「花材に」と、友人からいただく花が今年も挿けられました。
フシグロセンノウ(ナデシコ科)です。
「しまねの草花」(山陰中央新報社刊)によると、
茎の節が黒いので「節黒仙翁」。京都・嵯峨の「仙翁寺」に由来するセンノウという草花が、この類の名前のもとだそうです。
しばし盛夏の風情をどうぞ。

火曜日, 7月 21, 2009

大雨のち盛夏!


また大雨だった。
水や風の被害を受けた皆さんには、お見舞いと復興を祈る。
そちらは大丈夫だったかな。
庭先のバケツに写るオニユリが、陽光を恋しがる。
梅雨が明ければまた猛暑だが、夏は壮快だ。
皆が元気で乗り切れるよう。
☆★
先週末、向こうから案内連絡が来た。
8月最後の週から10月上旬までの日程になりそう。
それまでに一度は皆で顔を会わせよう。
また連絡する。皆も元気で。

火曜日, 7月 07, 2009

牛郎织女来相会



▲庭先の「白花ハス」。小さな手のひら大です。
一週間くらい前に気付いた小指の先ほどの蕾が、こぶし大にまで膨らんで楽しみにしていたところ、6日朝、その名の通り、白く、淡く、可愛らしい花を咲かせました。很漂亮。
▼そうそう、漂亮(きれい)と言えば、5日には中文講座の七夕の集いがあり、旗袍(チャイナドレス)姿の皆さんがとても印象的でした。

「牛郎织女来相会」つまり「彦星と織姫が出会う」。
こんな言葉のリレーゲームも交えて、七夕にちなむ漢詩の朗読や合唱、全員での民族舞踊指導など楽しい集いでしたが、明らかに彦星より織姫が優勢な雰囲気でした。
願い事に書きました『我希望成功留学』。
きょう七日は小暑・七夕。

月曜日, 6月 29, 2009

辛苦了/お疲れさまでした

中国語の発音は、ローマ字で表音化した拼音(ピンイン)で表記される。
したがって『辛苦了』は、拼音では「xin ku le」、これを日本語のカタカナで読むならば「シン・クー・ラ」である。
日本語でも「辛苦」という言葉があって、「しんく」と発音する。
手元の広辞林(三省堂)によれば「苦しみ。難儀。心配」とある。
私たちより前の世代、かつて大戦中の国では「艱難辛苦(かんなんしんく)」と言うような言葉が使われたと聞く。苦しい現実がたくさんある今の世でも、「辛苦」という言葉は一般的には使われない、それほど重苦しい意味と響きを持つ。
中国語の『辛苦』は「苦労である」「骨が折れる」などの意味があり、講座が終わった時などに「ご苦労さま」「お疲れさま」という意味で「シン・クー・ラ」と挨拶して、お互いの労をねぎらう言葉である。
もともと日本と中国は漢字を母国語とする。
まさに『辛苦』などは発音も意味も日本語に似ている代表例であり、中国語を習い始めた頃は「漢字」から来る“感じ”で、中国語はなじみ易いと思ったのだが、やがて発音の難しさに苦労するところとなり、私にとっては、その壁が大きく立ちはだかったと実感したのが、きょう受験した中国語検定だった。
“完敗”の様相だが、却ってさっぱりした気分になった。
その壁を遥かに見上げている自分を、はっきり知ることが出来ただけでも受験した甲斐があった。
帰宅したら家族が「シン・クー・ラ」と迎えてくれた。
今や我が家の日常語になっているカタカナ語なのだが、ホッとすると同時に、きょうは、ハッと、この言葉の意味を振り返っていた。
そうだ、私など、まだまだ「辛苦」が足りないのだ。
壁の向こうに何としてでも行ってみたい。
また壁に向かうぞ。

土曜日, 6月 27, 2009

前一天早上···/前日の朝


しだれ桑の実を啄(つい)ばむメジロ(今朝の小庭で)
那日子终于来了。
平静的院子里,一只绣眼鸟啄桑葚,让我心情舒服。
我加油!大家一起加油啊!

火曜日, 6月 16, 2009

樱桃/さくらんぼ


     ▲我が家の小庭の紫陽花「隅田の花火」


▲映画「さくらんぼ 母ときた道」の案内誌から

 映画と紫陽花は何の関係もありませんが、この子にも見せたくなって載せました。

日中の共同制作による原題「樱桃」。
中国・雲南省の農村を舞台に、知的障害の母·樱桃(インタオ) の素直でありのままの愛を一心に受け、貧しくとも純真に生きる少女・紅紅(ホンホン)。 いつも母が採ってくれるさくらんぼを、ポケットいっぱいに抱えて食べる、その甘さは忘れることのできない母の優しい愛そのものでした。

辛いほど悲しい映画でした。 しかし、人間はこんなにも純粋に強くなれるものかと、衝撃すら受けました。
それにしても、舞台の農村に広がる棚田(梯田)の美しいこと。それも鍬(くわ)で畦(あぜ)を切り、牛で田を鋤(す)き、手で田植えをする…この風景に郷愁も感じながらの素晴らしい作品。
県民会館名画劇場(一会員)での鑑賞でした。

日曜日, 6月 07, 2009

老家/いなか



 ▲在我的山里开花的小竹百合(笹百合)

 ▲老家的梯田风景

好久不见了。时隔半个月,写博客。
一转眼,6月来了,一年已经过了一半了。
昨天,和家人一起去我的老家扫墓和观赏小竹百合,还有采摘梅子。
百合的叶子和小竹的叶子很相似,水灵灵的。
静静地开放,那花朵非常的芳香,可爱。
我们在这里种植了很多百合,作成花园,希望有朝一日让大家到这里来赏花。
一看到老家的风景,心情就舒畅了许多。     
    ☆…★…
お久しぶり、半月ぶりに発信です。
あっと言う間に6月、もう今年も半分来ちゃったね。
昨日、家族で田舎に行って、墓参ついでに笹百合を愛で、また梅の実取りなどしたよ。
笹百合の葉は笹の葉にそっくりで、みずみずしく、
そこにそっと咲いた花は、とてもかぐわしく可愛い。
ここで笹百合を育て、百合園にして、いずれ皆に見に来てもらえるようにしたいと思っている。
田舎の風景を見ると心が和むね。
▲㊤笹百合(ササユリ)の花と蕾、葉っぱの形。
▲㊦田舎の棚田風景。