火曜日, 4月 20, 2010

西藏的祈祷/チベットの祈り

西蔵の寺院内では、独特の酥油灯(バター灯)という灯明がともされ、幽玄な明かりのもとで人々は祈りを捧げる。
★
チベット族の人々が多く住む、青海省玉樹藏族自治州の玉樹県を中心とする「青海省大地震」の犠牲者の数は日増しに増加している。
亡くなった人々のご冥福を祈り、一日も早い救済と復興、安寧の回復を願うばかりである。

日曜日, 4月 18, 2010

我が家の春景

いつまでも寒い春。
いろいろ弊害が出てるのは困るね。
そんな中でも我が家の草花は春、若葉の季節を告げているよ。

木曜日, 4月 08, 2010

春爛漫

素晴らしい花見日和でした。
満開の下には微笑ましい光景。
「大きく育って欲しい」
思わずシャッターさせてもらいました。

水曜日, 3月 31, 2010

錦帯橋

昨日、東京タワーを抜く電波塔建設のニュースがあった。
岩国の「錦帯橋」は300年以上前に架けられた木造五連の太鼓橋だが、この橋の形状を生み出した当時の職人の技術には、現代でも、うならせるものがある。
高さを競うのは分かりやすく、残したい伝統を見るのは味わい深い、どちらも面白い趣向だ。
川岸の桜並木は今、見ごろかな!
☆
周防大島の「みかんの木」さん!
今年は続いてそちら方面に行く縁がありましたよ。
広島の友人にも店のことを話しておきました。
またお会いできますよう!

火曜日, 3月 23, 2010

満潮の大鳥居

  ▲3月13日午前9時38分。小雨の境内から望む。

  ▲ 3月12日午後9時。ナイトクルーズの船で参拝。
☆
グループの写真展も昨日、盛況に終わりました。来場の皆さん、批評頂いた皆さんに感謝します。
★★
その前週には、在職中の全国他社の仲間の“同窓会”で春の瀬戸内を巡りました。何度か行った宮島ですが、厳島神社の大鳥居や回廊が、満潮にたっぷり浮かぶ姿を見るのは初めてでした。
特に夜の大鳥居をくぐったのは幻想的でした。
私たちの小学生時代には宮島は修学旅行の定番でした。
今は外国人客でにぎわっています。何処の観光地も更に外国からの客に期待していました。

火曜日, 3月 09, 2010

我和你 wo he ni / 私とあなた

▲四川省の九寨溝jiu zhai gou(きゅうさいこう)にある藏族の分校(当時)の子供たち(06年9月15日)
☆★
「我和你」は北京五輪の主題歌。メロディーを聴けばご存知の方は多いと思う。
先日、松江中国語教室連盟の新年の集いで全員で合唱した。
私は合唱しながら、この子たちのことをしきりに思い出していた。
「同住地球村」「永遠一家人」…まさに歌詞にある通り、他人とは思えない表情だった。
♪
我和你心連心   私とあなた 心は一つ
同住地球村     同じ星に住んでいる
為夢想千里行   千里の旅も 夢のため
相会在北京     いま北京で会うのです
来吧朋友      さあ友よ
伸出你的手     あなたの手を差し伸べて
我和你心連心   私とあなた 心は一つ
永遠一家人     とわに同じ家族です
☆★
日訳は私独自の解釈です。
当日の先生方や各位のお世話に感謝します。

火曜日, 2月 23, 2010

大連机場 dalian jichang

日本には馴染みの深いこの街に私は行ったことがないが、去年の北京往復途上、入出国手続きのため、空港内にだけ降りる機会を得た。初めての地に触れるのは感慨深い。
★
今から104年前、大連から長春(当時は新京)に延びる国策会社の南満州鉄道が設立され、のち満州国成立とともに大陸支配の一翼を担った。
それから39年後の日本の敗戦に至る間に、旧満州の奥地で「満蒙開拓団」の悲劇が起きていた。
国策によって入植し、多くの犠牲と残留日本人孤児の原因ともなった日本移民の過酷な運命を伝える、そのドキュメンタリー映画を先週、鑑賞した。
敗戦から既に65年。戦後生まれの我々には、「満蒙開拓」や「残留孤児」の歴史を教科として教わったことはなかった。
戦時の生き証人がどんどん亡くなって行く中で、体験を伝えることと日中友好の大切さを考えさせた。
機会があれば大連から北の方を訪れてみたい。

火曜日, 2月 09, 2010

祝開店「みかんの木」

▲山口県の周防大島をご存知ですか!  ここに友人夫妻がカフェギャラリーを開店することになり、行って来ました。カフェから一望できる瀬戸内の眺めは素晴らしく、もう春の海でした。
▲周りには鈴なりのみかん園。ここに居るだけで長生き出来そうだと直感しました。“長寿の島”としても有名だそうです。
▲カフェの名前も「みかんの木」。ほのぼのとしたお手製の看板を入るとカフェギャラリーのお家です。2月13日(土)にオープンし、通常営業日は土・日・祭日の午前11時~午後5時。
▲創作人形、アッセンデルフトペイント、粘土工芸などの 「アトリエ洋子」 を主宰する奥さんの展示作品を鑑賞しながらお茶、軽食を楽しんでいただこうという趣向で、くつろげます。

▲「まったくの素人」というご夫婦が、手を携えて今後を頑張ろうとする姿に感心し、久しぶりの対面に私たちもまた元気をもらい、お別れする頃は、対岸に九州を望む“周防の海”がまた素晴らしい景色を付録にくれました。
☆・・・
このところパソコンが不調のため、代替機により久しぶり発信しました。
ご希望があれば是非一度ご案内したい場所です。
詳細はHP「アトリエ洋子」
http://www.h.do-up.com/home/toraoky/ の「カフェギャラリーみかんの木」をご覧ください。

水曜日, 1月 20, 2010

语言支援志愿者/通訳ボランティア

               (山陰中央新報の記事から)
外国人住民も安心して暮らせる地域づくりを事業の柱の一つにしている「しまね国際センター」の主催で中国語通訳ボランティア講座(初級編)が開かれた。
県内の在住外国人は6000人弱で、うち中国人は2,457人(08年末現在)。松江市では1,189人のうち中国人が450人で、いずれも国別では中国が断然多い。
特に病院、行政手続き、入学などの際に言葉の壁が大きいとして、通訳ボランティアの必要性が訴えられた。
私も以前から中国語の必要性を感じていたが、予想以上に早くて多い、中国との人的交流時代が到来した。まだ自分の会話能力では追いつけないのが残念だが、しかし何か役に立てることを志向しなければ…と思う次第。

金曜日, 1月 15, 2010

我们在一起/頑張れ被災地!

   ▲北京动物园で見たモニュメント。
奥运会(オリンピック)開催を記念して作られたらしく、子供たちの声援を焼き付けた“陶板”が一面に数多く貼り付けてあった。「中国加油」「北京加油」など、「加油=jia you」(頑張れ)の文字が多かったのは、開催地なら当然だろう。

   ▲その中で私の目に飛び込んだ一枚。
「5.12」は、あの四川大地震が起きた日。汶川wen chuanは震源地で壊滅的な被災地。
四川挺住(四川省は住みよいところ)  汶川别哭(汶川よ泣くな) 我们在一起(私たちも一緒にいるよ=私たちもついているよ)
私はとっさに、こう読んだ。被災地を共に励ます力強い言葉だった。
・
1月17日は神戸大震災から15年。
それを前に海地(ハイチ)という国で大地震。
中国はいち早く救助活動に参画した。
いつまでも大センセイ方の「カネ余り政治」に悶々としている国も、早くケジメをつけて、真に地道な施策を「実行」しなければ、天災の前に「人災で自滅」してしまいそうだ。

美好的回忆/思い出

颐和园yi he yuan (イーホーユェン)は超広大な庭園。朝から始めた園内一周も終わる頃には夕陽の風景になっていた。

月曜日, 1月 11, 2010

ご紋章

北島国造家拝殿のご紋章と注連縄のシデ。

天壇公園の南側の門に掛かる飾り。
・
きょうは鏡開き。正月の祝い気分も開けて、また現実の暮らしをしっかり頑張って行こう!
そして成人の日。今年で成人の全員が「平成生まれ」になったという。
時代は代わる。ジタバタせず、しっかりとした時代に代わって行こう!

日曜日, 1月 03, 2010

恭贺新禧 / 謹賀新年

▲日本最古の神社建築様式を伝える出雲大社。本殿は「平成の大遷宮」のために工事用の囲いに覆われていた。 (平成22年元旦)

     ▲天坛公园 tian tan gong yuan 祈年殿
故宮の南に位置する天壇公園は、1998年に世界遺産に登録された中国最大で最古の祭祀建築物。皇帝が毎年正月に祈念殿で五穀豊穣を天に祈った。 (o9,10,4)
☆☆
明けましておめでとう。どうぞ皆に良い年でありますよう。
本年もよろしくお願いします。
☆
今天,从北京的好朋友传来好消息。他是大学的老师。
这次他晋升为教授,并且是最年少的教授。去年的年低,在大学的会仪推举了。
我也很高兴,想向他表示衷心的敬意,祝贺!

木曜日, 12月 31, 2009

越年

12月30日、餅つきと蕎麦打ちをしました。一年は本当に早いですね。去年と同じ我が家の行事でしたが、今年は家族が増えて、新たな1ページになりました。

12月31日、吹雪の庭先風景。今年は寒波の中で越年です。
☆
今年も皆さんにお世話になり、有難うございました。
皆さんに新年がどうぞ良い年でありますよう。
祝大家新年快楽!

木曜日, 12月 24, 2009

平安夜 ping'an ye

▲我が家のクリスマスイヴ。Creche(クレッシュ)と呼ぶ、キリスト生誕のシーンを描いた飾り。
▲北京のカトリック教会。“西直门天主堂”tian zhu tang
☆
平安夜,圣诞夜,牧羊人,在旷野,
忽见黑安中映出光华,聆听天使唱哈利路亚,
静享天赐安宁,静享天赐安宁。
(※注=哈利路亚ha li lu ya ハレルヤ)
☆
きよし この夜
み告げ受けし まきびとたちは
御子の御前(みまえ)に ぬかずきぬ
かしこみて

木曜日, 12月 17, 2009

北京の52日(完) 

  ▲世界最大の四合院という“恭王府”の裏通りを行く観光三輪車
                                 (10月5日)
月日の経過は本当に早い。帰国してもう2カ月が過ぎました。
当地も今日は冷え込み、明日は大雪との予報も。
暑い頃に撮った北京の系列(シリーズ)は、ひとまず結束(終了)します。
当初は心配した北京の生活も、今では全てがとても懐かしいです。
私は今回のことを通して、この国との善隣友好が大事であるという思いを一層強くしました。また必ず行きたいと思っています。
そのためには新年も頑張らないといけません。
我必須在会話水平上尽快提高。
ここまで指導くださった教室の先生、教室を支えていただいた級友に心から感謝します。
また、ブログを見てくださる方が少なからずおられることも知り、喜んでいます。中国語を一緒に勉強したい方があれば、ぜひ声をお寄せください。

水曜日, 12月 16, 2009

幸せにな!

お前が こんなに きれいだと
父さん 初めて 気がついた
花嫁衣裳を 遠くで 見つめ
思い出して いるんだよ
一人で 初めて 歩いた日
笑って みせた あの笑顔

お前が 選んだ 人だから
父さん なにより うれしいよ
二人で 仲良く 手をとりあって
歩き出すのさ 今日からは
想いでのページに またひとつ
幸せ あふれる その姿

(♪東八郎唄「娘へのバラード」より)

水曜日, 12月 09, 2009

北京の52日 ⑳天安门 

    ▲国庆节(国慶節)直後の天安门(2009.10.8)

1949年10月1日、かの人はこの門の上で宣言された。
“中华人民共和国,中央人民政府,今天成立了!”
zhong hua ren min gong he guo, zhong yang ren min zheng fu, jin tian cheng li le !
…それから60年後、このように高級乗用車の走る光景を想像できたであろうか。

火曜日, 12月 08, 2009

北京の52日 ⑲ 前门/ぜんもん

          ▲北京に現存する最も大きな城門

あちこちにイルミネーションの時期になった。
前門qian menを思い出す。故宮にある9つの内城門のうちの表玄関にあたり、皇帝の乗る車だけが出入りを許されていたという。今は名胜古迹ming sheng gu jiの代表的な顔の一つ。高さ42mの夜景は圧巻だった。
☆★
先日、ある集いで北京の様子を話す時間をいただきました。主催された先生方、多忙な中をお越しいただいた皆さんに心からお礼を申し上げます。有難うございました。

火曜日, 12月 01, 2009

光阴似箭/光陰矢の如し

このところ自らの中検受験や、元同僚夫人のご不幸などで落ち着かない日が続き、発信も中休みしているうちに、もう12月になった。
ご不幸というのが実に悲しい出来事だった。
これまで病気らしいこともなく、その日の朝も元気。それなのに、なんと彼が仕事で出かけた午後、急に体調を崩し、帰らぬ人となった。
娘さんと息子さんは独立し、午前中にも携帯やメールでやりとりしたばかりだったという。
つい先日は姉妹の夫婦連れで、楽しみにしていた高野山参りをして来たばかりだったという。
そのスナップ写真が遺影となって微笑みかける。誰も嗚咽(おえつ)をとめることが出来なかった。
彼も定年となり「これから一緒に少しゆっくり暮らしたいと思っていた矢先だった」と語る言葉に無念さがにじむ。
私たち夫婦とも同年、まだまだ早すぎる人生だった。
誰の身にも、時は、いつ、どういう形で来るか分からない。そう思いながら通夜の帰路に着いた。
心からご冥福を祈ります。
合掌。

火曜日, 11月 17, 2009

⑱ 宝宝 bao bao

                          ▲宿舎の門前
                 ▲国慶節の公園(10月1日)
宿舎には大学の先生たちの家族も住んでいて、よく歓声がして心を和ませた。
子供の可愛さに国の違いはあるまいが、この国では赤ちゃんや“いい子”“かわいい子”のことを「小宝宝」「宝宝」「宝贝」などと書く。なるほど、この上ない表現だ。
ところで㊦は近くの公園で遊んでいた子。よく見るとお尻の割れたズボンをはいている。「开裆裤kai dang ku」という、小さい時から排せつ行為を早く実感させるなど幼児の生長を促すために考案された伝統ある裤子ku zi(ズボン)らしい。
ともかく子供は可愛い!

月曜日, 11月 16, 2009

北京の52日 ⑰ 交流 jiao liu

           ▲登山道で出会った人々(9月27日)
司馬台長城へ登る途中。下りて来た一人に「你好ni hao!」と声をかけたら「哪国人na guo ren?」と聞き返された。これ幸いと会話?を試みるうちに、連れの全員が下りて来て、日本から来た私を歓迎しながら、陽気に写真に応じた。北京の企業のグループで、「再見!」「再见!」と言いつつ別れた後の気分は良かった。

           ▲農業大学の学生たち(9月23日)
語言留学中の日本の大学生2人と私の3人は、中国の友人が先生をしているこの大学を訪ね、日本の学生生活の様子、人気アニメなどの話題や、私は「この年でなぜ留学か」というテーマでお話しをした。
友人である先生の通訳のお陰で実現したのだが、日本語を勉強中の学生たちは興味深そうに聴いてくれた。学生たちの印象は素朴で明るい。この後、質問や記念写真など和気あいあい交流できた。
大変貴重な機会をいただいた友人に感謝し、また是非訪問したいと思っている。

日曜日, 11月 15, 2009

北京の52日 ⑯ 动物园 dong wu yuan

  ▲川金丝猴chuan jin si hou (きんしこう)…孫悟空のモデルとされるお猿さん。余裕のポーズを見せてくれたが、実は絶滅の危機にある。

  ▲大熊猫da xiong mao (ジャイアント・パンダ)…親子連れの入館者も多いから、パンダの習性を説明する文章も分かりやすい。中国語が分からなくても、なんとなく読めそうだね。

  ▲表示板の向こうで、悠々と竹を食べるパンダ。その動作は見ていて飽きることがない。
・
北京動物園は、民族大学東正門に近い地铁四号线「国家图书馆站(駅)」から一つ目の「动物园站」で下車。やはり有名なのは「大熊猫館」で、入園料とは別に入館料が要る。

木曜日, 11月 12, 2009

⑮ 南锣鼓巷 nan luo gu xiang

▲名前の由来……锣(ドラ)と鼓(太鼓)。時を知らせたのだろうか。

   ▲首都治安自愿者……治安ボランティア。
南锣鼓巷(横丁)は、元の大都(1267年)と同期に出来たという歴史ある胡同。
ドラと太鼓の脇には以下のように書いてあった。
“爬长城,逛故宫,生活在胡同/意犹未尽锣鼓巷/悠然自在胡同人”(長城に登り、故宮を歩き、胡同に暮らす/未だ思い尽きない锣鼓巷/ゆったり気楽な胡同人)。
その胡同の一角で、こんな袖标(腕章)を着けた婦人たちが居た。
特に何をしているふうでもないが、街頭のあちこちで見る腕章姿だった。

月曜日, 11月 09, 2009

北京の52日 ⑭ 胡同 hu tong

             ▲三輪自転車で巡る胡同ツアーが人気。

             ▲ノスタルジックなポスターに思わずシャッター!
鐘楼・鼓楼から銀錠橋、恭王府を経て、后海・前海に臨む胡同の名所を歩いた。
灰色の壁に紅い国旗が映える狭い路地には、小回りの利く観光の三輪自転車がひっきりなしに通る。
前海に沿った繁華街の店頭で、こんなポスターが目に飛び込んだ。
毛さんの肖像版画を使ったトランプのカードやポスターなどレトロなグッズが売り物になっていた。

日曜日, 11月 08, 2009

北京の52日 ⑬ 老北京 / 昔からの北京

 ▲地酒……“红星二锅头酒”㊨と18年ものの佳品㊧ともに56度。

          ▲故居……観光マップには「毛主席故居」とある。

北京で体験したい三つの楽しみは、万里の長城に登る、北京ダックを食べる、「紅星二鍋頭酒」を飲むこと……という記述を読んだことがある。
コーリャンが原料の北京の地酒で度数がかなり強い。北京人に愛される大衆の酒で上品な宴席には向かないそうだが、通の知人へ土産にしたら「うまい!」と言ってもらった。
昔からの風情と言えば“胡同fu tong”と呼ぶ街並み。
地铁·鼓楼大街站(駅)から歩く途中、“豆腐池胡同”という表示に引かれて路地に入ると、“杨昌济故居”があった。門の説明板に「楊は毛主席の老師、毛もかつて楊の家中に住んでいた」と書かれていた。

金曜日, 11月 06, 2009

北京の52日 ⑫ 秋游 / 遠足

                          ▲長城の花嫁
                      ▲司马台长城(9月27日)
秋游(秋の遠足)で、北京から北東へ120km離れた司馬台(si ma tai)の万里の長城に登った。
急峻と城壁風化のため、ここから先は立ち入り禁止。遥か都を望んだという望京楼(前方峰の向こう)には到達できなかったが、城壁の恐怖感と迫力は満点だった。
その絶壁に、新娘(花嫁)らしい美女の姿。結婚のアルバムに念を入れるのが流行で、それの撮影らしいと聞き、足の震えを我慢して一枚覗かせてもらった。まさに長城の“平和利用”。この国の変化を象徴しているように思えた。